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千尋と優雅な拘束の日々5[side 有栖川雅信]
ホラー映画のエンドロールの最中に千尋はウトウトし始めた。
「ちーちゃん。そろそろ寝ようか?」
「………んーん。風呂入る。汗かいてるし………」
そう言いながら、千尋の瞼は半分閉じている。私は苦笑してバスルームの準備をするように命じた。
しばらく千尋の艶やかな黒髪を撫でていた。そして、眠りの世界に旅立ちかけている千尋をそっと抱き上げた。
「あっ。自分で歩くって」
「いいから」
千尋をぎゅっと抱き締めると、千尋は諦めたようにため息を吐いて、私に身を任せた。
ツンツンしているのも可愛いが、素直だともっと可愛いらしい。
私は千尋を抱いてゆっくり歩いた。
バスルームで千尋を下ろした。千尋は夢うつつだったが、どうにか立っている。
「はい。ちーちゃん、バンザイして」
「ガキじゃねぇっつーの」
文句を言いながらも、素直にバンザイする千尋は叫びたいくらい可愛いかった。
服を脱いだ千尋はシャワーブースへ入っていった。私も裸になり、千尋の後を追う。
「………ん!? わ! なんで!?」
シャワーを浴びていた千尋が目をパチっと開けて慌てだした。
「ちょっと! 一人で入れるからッ! 出てけって!!」
「もう私もびしょ濡れだ。一緒に入ろう」
「なんでいい年した男同士でくっついてシャワーなんだよ!? 離せって!」
千尋は必死で暴れているが、子猫のような可愛い抵抗だった。
私はクスクス笑って、やんわりと千尋を捕まえる。
「往生際が悪いよ。千尋。男らしく諦めなさい。男同士なんだし、親子だ。恥ずかしい事はないよ」
千尋は悔しげに私を睨むが、その顔も愛しい。
「………ちくしょっ」
千尋はプイとそっぽを向いた。
私はクスクスと笑いながらシャワーを止めた。
一緒にシャワーブースを出て広い浴槽に千尋と入る。
円形のジャグジーで泡風呂だ。千尋は眠そうにしていたので、このまま湯船で体も髪も洗ってあげて、早く寝室に運んであげよう。
だが千尋は逃げるように浴槽の隅っこに行ってしまう。
「おいで。ちーちゃん」
「来るな! 来んなって、バカ!」
逃げようとする千尋を簡単に捕まえた。
「暴れるとのぼせてしまうよ。髪を洗ってあげるからおとなしくして」
もがいても湯が跳ねるだけで逃げられないので、千尋はブツブツと不満を漏らしながらおとなしくなった。
「もう、勝手にしろよッ」
お言葉に甘えて勝手にさせてもらおう。
私はシャンプーを手に取り、千尋の美しい黒髪を洗う。細くて艶やかで、綺麗な髪だ。優しくマッサージするように洗うと、気持ちいいのか千尋はまたウトウトし始めた。
「ちーちゃん。気持ちいい?」
「………うるさい」
可愛い口で、小憎らしい事を言う。
だが抵抗するのは諦めて、私の好きにさせてくれるようだ。
クスクス笑いながら、千尋の髪を洗った。
そして柔らかなスポンジを滑らせ、優しく体も洗う。浴槽に座った私の膝の上に千尋を座らせ、足の指も丁寧に洗った。
「………ふぅ」
千尋は心地良さげに吐息を吐いた。私にもたれかかるようにして、身を任せる千尋に愛しさが増す。
「私の宝物だよ」
千尋を抱き上げて浴槽から上がった。
シャワーで泡を流してから浴室を出て、柔らかなバスタオルで体を拭いて千尋にガウンを着せた。
ウォーターヒヤシンスのソファに座らせて髪を乾かしてあげる。
何から何まで千尋の世話をするのは、とても楽しい。
千尋はずっとウトウトしていて、早くベッドで寝かせてあげたかった。
再び抱き上げて寝室へ連れていき、ベッドに寝かせた。
私も千尋を腕に抱くようにして横になる。
………ずっとこうして過ごしていたい。
この島で私と過ごして、ここでの日常に慣れて………そして、私を受け入れてくれればいい。
千尋に対する執着が常軌を逸している事は分かっている。
数ヶ月、会えなかった分、私は随分と千尋に飢えていたようだ。
過剰なスキンシップを嫌がっても、どれだけ反抗しても、千尋はこの島から出る事はできない。
ここにいる者達は私の指示に従う。
ここは鳥籠だ。千尋という美しく可愛いらしい小鳥の為の。
「………私の宝物だ」
眠る千尋の瞼にそっとキスをして、私も目を閉じた。
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