287 / 306
千尋と水着と伏見さん2[side 伏見]
俺と有栖川父はテラスで朝食を食べた。
「今日も仕事?」
「そうだよ」
「……一日中、退屈だよ。さ……寂しいし」
「ちーちゃん……!」
有栖川父は俺をぎゅーっと抱きしめた。
うげぇ。でも我慢だ。実際、日中はほったらかしだしな。サイボーグみたいな伏見さんに見張られて、ストレスなのは事実だ。
ちょっと寂しそうにして見せたら、日本に帰ろうってならないかな。
「ごめんね。早く終わらせるから」
ちゅ、ちゅ、と頭にキスの雨を降らせる。こいつの言動はいちいちアメリカっぽい。
「いい子だから、伏見に遊んでもらいなさい。この島では好きに過ごしていいからね」
「……はぁい」
返事をして上目使いで見上げれば「ちーちゃん可愛い」と、またぎゅっとされた。
朝食を食べ終えて、有栖川父は書斎に行った。俺はまたぷらぷらと歩いた。相変わらず伏見さんが背後にいる。
でもほんとに退屈だ。一日中、映画を見るしかないかぁ。
「千尋様」
「はい?」
そんな俺に伏見さんがある提案をしてきた。
【side 伏見】
千尋が退屈そうにしていたので、俺は「プールで泳いでみてはどうか」と提案してみた。
ここは南の島だ。年中常夏だ。
優雅に水に浸かっているだけでも気持ちがいいだろう。
……有栖川千尋の水着姿を見てみたいとも思ったんだが。
なんだこりゃ。
千尋はハーフパンツタイプの水着にTシャツを着ていた。
露出が少ないな。もっとこう、ビキニとか、ぴちぴちのとか無かったのか。
男なんだから乳首くらい見られても平気だろうが。
───いかん。仕事中だ。
「伏見さん。いっつもスーツで暑くないの?」
千尋が無邪気に聞いてきた。そりゃ暑いさ。だが仕事柄、表情には出ない。
「大丈夫です」
「ふぅん」
千尋はプールサイドで軽く準備体操をしている。その動きが可愛かった。
なんというか、女のようなあざとさが無い分、男だが可愛いんだよな。
「よっしゃ!」
千尋は助走をつけて、掛け声と共にプールに飛び込んだ。
ああ。やっぱりまだガキだ。
俺はため息をついて見ていたが……千尋はぶくぶくと水に沈んでいった。
「千尋様!?」
俺は慌ててジャケットと靴を脱ぎ、プールに飛び込んだ。水中でもがいている千尋を抱きかかえて浮上する。
「ぷあっ!」
「大丈夫ですか!?」
ゲホゲホとむせながら「思ったより深かったぁ! びっくりした~!」と言った。
驚いて目を真ん丸に開いて、ハトが豆鉄砲を喰らったみたいな顔をしている。思わず笑ってしまった。
千尋もアハハッと笑った。屈託のない笑顔だった。
「水深が違うんですよ。こちらなら浅いですから」
広いプールは1m~3mと徐々に深くなっている。千尋は一番深い場所に飛び込んでしまったんだ。
華奢な体を抱きかかえたまま、浅瀬へ移動した。
……抱き心地いいな。おい。
男だが華奢で、猫のように柔らかな体つきをしている。肌もすべらかだ。濡れた前髪越しの黒い瞳にぞくりとする。
俺は千尋を抱き上げて、プールサイドのチェアに座らせた。メイドが慌ててバスタオルを持ってきた。
「すまない」
スーツがびしょ濡れだ。俺はシャツを脱いで御座なりに体を拭いた。
「すげぇ! 伏見さんもハリウッドだ」
「?」
タオルを頭からかぶった千尋が俺を見上げて嬉しそうに言った。
……なんだこの可愛い生き物は。
ともだちにシェアしよう!