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有栖川雅信と愛しい子2
「嫌だッ! そこはいいから! やめっ……!」
「すぐに済むから」
背後から抱きかかえられるように押さえ込まれて、抵抗しても逃げられなくなってしまう。
「やっ、だ……やだって!」
俺のちんこをボディソープを取った手でヌルリと洗って、有栖川父の手は離れた。俺はガクリと脱力した。
「ほら。あとは流すだけだ」
笑いながらシャワーの湯で俺の体の泡を流した。
────おかしいって。こんなの。普通の男親と息子じゃねぇだろ!?
俺は有栖川父が怖くなる。
いきすぎの溺愛だ。こいつは「宝物だ」と言うが、まるで愛玩用のペットかお人形さんみたいだ。
……俺、日本に帰れるのかなぁ。
俺は自他共に認める能天気のネアカだが、本気で不安になってきた。
体を洗われただけなのに、俺は疲れ切ってぐったりしてしまった。
ガウンを着せられ、有栖川父の手で髪を乾かされた。
もう抵抗するエネルギーが無いので好きにさせた。
抱っこされて寝室に運ばれ、キングサイズのベッドにそっと下された。
有栖川父は少し離れて、手にローションのボトルを持って戻ってきた。
「日焼けしたところに塗っておこうね」
有栖川父の手で、ガウンの前をはだけさせられた。俺はだらんと寝転がったままでいた。
「……ん」
有栖川父がローションを手に取り、ヒタヒタと俺の胸や腹に優しく塗っていく。
悔しいが、ひんやりして気持ちよかった。
「うつ伏せになって。背中にも塗っておこうね」
そう言われて、のろのろとうつ伏せになる。ガウンを腰まで下げられて、背中に有栖川父の大きな手のひらがヒタリと触れた。
「ふ……」
うなじや肩、背中に優しく触れては離れる。俺はまたウトウトしてしまいそうだった。
「はい。おしまい」
ガウンをそっと戻して、俺の髪を優しく撫でた。俺はぼんやりしたまま聞いた。
「……俺のこと、どうするつもり?」
「ちーちゃん?」
「ずっとこのままじゃいられないんだよ。分かるでしょ?」
髪を撫でていた有栖川父の手が止まる。
「俺は本物の千尋じゃない。けどこの体は千尋だ。今は子供だけど、これから成長する」
そうだ。少年の時期は終わる。
この体は青年になり、大人になる。
「それに息子の代わりにはなれたとしても、あんたの奥さんの代わりにはなれない」
「千尋」
「四六時中一緒になんて、生きていけない。学校に行かなくても成長する。今は『可愛い千尋』でも、そのうち大人になる。こんな生活、俺が30や40歳になっても続けるつもり?」
山田の子供時代も、自慢じゃないが小さくて可愛いって言われてたんだ。「おかーちゃーん」って、母親の後を付いて回ってたらしい。
成長期に入り、背も伸びて声変わりして、スネ毛も髭も生えるようになって、大学に行って、就職して、親との距離も自然に離れた。
親と仲が悪いとかじゃなく、自立した大人になったんだ。
もし女の子なら、父親からしたら大人になっても可愛いだろう。
だがこの体は男だ。
一人前の大人の男にならなければ、有栖川千尋の未来は悲惨なものになってしまいそうだ。
「大人になったら、パパの会社で働いて一緒にいればいい。ずっと守ってあげる」
「コネ入社かよ……自立させないつもり? 千尋をダメ人間にしたい?」
「そうじゃない」
「ずっとは守れないんだよ」
本物の有栖川千尋も事故で植物状態だったし、山田太郎だってあっけなく死んだ。
……発作のこともある。
今の俺は不自然な状態なんだ。一寸先は闇かもしれない。
だから日本に帰りたかった。
小林と夏フェスに行ったり、園田や高槻先輩達と学園生活を楽しみたい。平野のことも気掛かりだ。
悔いがないように。
有栖川千尋の青春ってやつを生きたい。有栖川千尋の為にも。
「……もうこの話はやめよう」
有栖川父が小さく呟いた。俺は仰向けに寝返りをうって、有栖川父を見上げる。
悲しげな、辛そうな目で俺を見ていた。
俺の隣に横になって、ぎゅっと抱き締めてきた。
「……頼むから……一緒にいてほしい。私を残して、もうどこにも行かないでくれ……」
その声の哀しい響きに胸が痛くなった。
でも俺は何も言えなかった。
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