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千尋と千幸1
【side 千尋】
翌朝、有栖川父はいつも通りだったけど……少しだけ元気ないように感じた。
今日はプール禁止だったので、またお屋敷をプラプラしていた。相変わらず背後には伏見さんだ。
俺の話し相手は伏見さんだけだ。
「伏見さん」
「はい」
「伏見さんはこの状況どう思ってるの?過保護すぎーって、こんなのおかしいって思うでしょ?」
ちょっとぶっちゃけて聞いてみた。
脱いだら筋肉ハリウッドだし、この人絶対凄腕のボディガードかなんかだろ。子供のお守り役には見えなかった。
「雅信様の秘書兼ボディガードの穂高がいるでしょう」
あ。影のように有栖川父の側にいる奴だ。ボディガードも兼ねてたのか。
「穂高とは古い友人なんです」
「そうなんだ」
「千尋様のお母様の千幸様と雅信様は運命で結ばれたようなご夫婦だったと聞いています」
有栖川千尋の母親の話はうっすらとしか聞いていなかった。有栖川父もあまり話したがらないし、使用人の皆さんも「美しい方でした」としか言わない。
それに、有栖川千尋は母親に生き写しのように似ているとも。
「出会ったのは雅信様が十二歳、奥様が十歳の時だったそうです。お互いに初恋で、一途に想い合い、ご結婚されたそうです」
「マジで?」
ちょっとびっくりだ。今時、そんな純愛なんて珍しいだろ。
俺だって山田時代は合コン行きまくってた時期もあるし、失恋は次の恋愛で忘れるんだーってノリだった。
「四年前の事故で奥様を亡くされた時……雅信様の悲しみようは見てはいられないくらいに悲痛なものだったと。千尋様が生きてらしたから、奥様の後を追う真似をしなかったのでしょう」
「………」
「千尋様が目覚められてから、雅信様は笑顔を取り戻されたと穂高は言っています。確かに過保護かもしれませんが、最愛の女性の忘れ形見なのですから、おかしいとは思いません」
でも……本物の千尋は死んでる。
俺は有栖川雅信の息子じゃない。だけど、半分くらいは有栖川千尋としての第二の人生を受け入れている。
時々、俺は山田だっつーのって思うけど。いろんな人から「千尋」と呼ばれることにもう違和感を感じなくなってる。
もし、手術が失敗していたら……
「もし俺も死んでたら、どうなってたと思う?」
「雅信様は自殺していたでしょう。穂高の口調から察するに、間違いなく」
「………」
伏見さんは静かな声で言った。有栖川父は本気で死ぬつもりだったんだ。
ほっといても有栖川千尋も山田太郎も死んでいた。だからあんなトンデモ手術をしたんだろう。
失敗しても、自分も死んで最愛の妻と息子のもとへいくつもりだったんだ。
「俺、どうしたらいいのかなぁ……」
思わずぼそっと呟いた。
「そのままでいいんじゃないですか?」
「えっ」
「千尋様がいらっしゃるだけで嬉しそうですよ。子犬のように吠えて噛み付いても、雅信様は喜ばれるでしょう」
散々な言い方だが、ほんとにそうなんだろう。でも、ずっとこのままってわけにはなぁ。
どうしたもんかなぁ。
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