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千尋と千幸3
俺は有栖川父の隣まで寄ってった。有栖川父は少し戸惑った表情だ。
「千尋、どうしたの?」
「これ。いつの写真?」
デスクの上にはいくつか写真が飾ってあった。まだ幼い有栖川千尋と母親の写真だ。
「……これは、千尋が9歳の時だよ。日本の別荘で休暇を過ごした時のだ」
それから、白いポニーに乗った千尋と、その隣で楽しそうに笑ってる母親の写真。
「これは5つのとき。千尋は怖がらずにポニーに乗って、ずっとはしゃいでいた」
懐かしそうに目を細めて話した。
「これは?」
「これは結婚二年目の時だ。この場所でのんびり休暇を過ごした」
有栖川父がそっと、優しく写真の中の有栖川千幸に触れた。
今でも愛してるんだ。
俺はキュッと胸が痛くなった。
ぶっちゃけベタベタ触ってくるこのおっさんにはムカつく事もある。けど、こんなにもただ一人の人を愛し続けるなんて、奇跡みたいなものだと思う。
……その奇跡を失ったんだ。
トンデモ手術をされてから、俺は自分の事で手いっぱいだった。
だから、そんなトンデモない手術に賭けるほどに追い詰められていた有栖川父の事は思いやれなかった。
俺はそっと有栖川父の頭を撫でた。
「……千尋」
有栖川父が少し傷付いたような、切なげな表情で俺を見上げた。そして俺を抱き寄せて、小さな声で呟いた。
「ごめんね。少しだけ……」
「うん」
少し震えている。たぶん、ちょっと泣いてる。
ぎゅっと抱き寄せられて、俺は有栖川父の髪を撫で続けた。
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