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千尋と千幸4[side 伏見]
【side 伏見】
千尋が「おかしいと思うでしょ?」と、聞いてきた。
まぁ、父親に籠の鳥のように囲われてる訳だからな。遊びたい盛りの高校生だ。不満もあるだろう。
だが、おかしいとは思わない。有栖川千尋は美しい容姿をしている。
有栖川雅信も整った顔立ちをしており、ぶっちゃけクラシックな映画のように美しい親子だ。
一緒に風呂入ったり、同じベッドで眠ったり……なんというか、ちょっとイケナイ感じがして中々興奮する……いかんいかん。
軽く咳払いをして、俺は穂高に聞いた話をした。
千尋は少し考えてから、再び俺に聞いてきた。
「……もし、俺も死んでたら、どうなってたと思う?」
「雅信様は自殺していたでしょう。穂高の口調から察するに、間違いなく……」
千尋の言葉に思ったまま答えた。
実際、あの頃の穂高は雅信の自殺を恐れてほとんど眠らず、目の下の隈がトレードマークになってしまっていた。
千尋が辛うじて「生きて」いる事が、有栖川雅信の命綱だったのだ。
千尋は何か考えていた。時折見せる、あの少し大人びた表情で。
その日、昼食を書斎に運ばせて、親子は二人きりになった。
俺と穂高はドアの前で待機していた。
「いい子だな」
「ん?」
「千尋様だ」
「……ああ」
俺の言葉に穂高が少し歯切れの悪い返事をした。
「何だ?」
「今の千尋様は事故の前とは別人だ」
穂高が小声で話し始めた。
事故の前の有栖川千尋は素直で大人しくて、少し人見知りで、パパっ子だったらしい。
「三年の昏睡状態から目覚められてから、まるで別人になってしまった。活発になられたし、使用人にも気さくに話しかけて……一人称も僕から俺に変わった。雅信様の事をパパではなく、有栖川父と呼んでいるんだ」
「へぇ。だが死にかけて人格が変わるなんざ、よくあるだろう。昔の傭兵仲間にもいたぞ。そいつはタマ切ってオンナになった」
「品の無い事を言うな」
穂高が嫌そうな顔で俺を睨んだ。昔からこいつは神経質なんだよな。
「それに、ずっと雅信様に反抗的だ。雅信様はそれでも千尋様を溺愛しておられるが……このままでは、お二人の親子関係は破綻してしまうのでは……」
「そうはならねぇよ。考えすぎだ」
穂高は憂いに満ちた表情で俺を見た。
数日だが千尋の側にいて分かった。有栖川千尋は見た目よりもずっと強い。
甘やかされるだけの金持ちの子供じゃない。女よりも美しい外見をしているが、中身は自立した男みたいだ。
父親と二人きりになったのは何か考えがあるからだろう。
「それよりお前。千尋様を生贄の子羊になんてするんじゃねぇぞ」
「何のことだ」
「千尋様はずっと日本に帰りたがっている。この島にいるのは、千尋様の療養の為と言うが、違うだろう。雅信様の為だ」
不安定なのは有栖川雅信の方だ。
レイプされかけて、発作を起こしたと聞いているが、有栖川千尋は傷ついちゃいない。千尋の精神はタフだ。
「雅信様の安定の為に千尋様をこの島に閉じ込めているんだろう。お前の主人の為に千尋様を差し出すなら俺は阻止する。俺が守るのは千尋様だからな」
釘を刺すように言うと、穂高が不快そうに言い返した。
「そんなつもりはない」
「そうか。ならいい」
「……」
それきり穂高は黙り込んだ。
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