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第4話
生きていく上で、本能は大切だと父様は言っていた。感じる事、その感情、感触を大切にしなさいと。
俺はそもそもが七日間しか起きていられないから大切にするもなにも、次に起きたら世界が変わっている。
人や、景色、建物に、生き方。その全てを見聞きすることは不可能に近い。けれど、もし湊が言うように八日目を迎えられたら、そうすれば、世界が変わるかもしれない。
「外か。いいよ。連れて行こう」
にこりと笑い、そう答えた湊は「まだすこし寒いからね」と、俺に厚手の上着を渡し、静かに歩き出した。
上着と共に渡された靴を履き、歩き出した湊の後ろを歩く。引きずりそうな髪を自分の手でゆるく持ちながらひらけた場所をぬけて、外に踏み出した。
青い空を、久しくみていないことを痛感した。
あぁ、空はこんな色だったか。淡い青色に所々に白くかかる雲。チチチと鳥が囀る声にホッと息を吐いた。足元に広がる石畳は歪みながらもその先を教えてくれる。
両脇に生えた大きく立派な木が若葉を風に揺らしながら主張していた。
全てが生きているのだと感じて、安心する。
同時に、自分が哀れに思えた。
知らない事、知り得ない事、流れた月日。居なくなった人。
みんなが同じ空の下を駆け抜けて生きていた時間を、恐らく俺は経験できない。
「………」
知りたい。
分かち合いたい。同じように、生きる全てと同じように、時間を共有してみたい。
じわりと滲んだ涙に、カツン、と靴音が響いた。
「ーーーーー…辛いことは忘れてしまえと言ったろう?」
湊が目の前で足を止め、振り向きながら首を傾げて笑う。
「辛いわけじゃないから、いいんだ」
湊を真っ直ぐに見据え、そう答えた。
そう、辛いわけじゃない。
自分があまりにも置いてきぼりな気がしただけだ。
「……空がこんな色だったのを、忘れてた」
「ーーーそうか」
「風が気持ちいいのも、思い出した。草木の匂いも………あまりにも、懐かしくて」
自分の手で涙をぬぐい、歩こうと促せばまた湊が歩き出した。
カツンカツンと規則的な靴音が石畳に跳ねる。今日の湊は金髪に碧眼だ。目の前で揺れる金髪が眩しくて少しだけ目を細めた。
足音が跳ねなくなり、石畳が終わりを告げる。湊はそこで足を止め振り向くと俺の頭を撫でた。
「………湊…?」
「まだ歩くかい?」
「ーーーー…湊は」
「私は戻るよ。まだ歩きたいなら、ここで待っているけれど」
ふふと笑い、湊が俺の頭から手を離すと顎に手を当てながらそう呟いた。
「………自由に出入りして構わないなら、戻る」
「構わないよ。私は温羅を監禁しているわけじゃないからね」
可笑しそうに笑う湊に、俺はどうすればいいのかわからなくなってしまう。
普通だから。
ただ、その瞳は闇のように、深く濁ってみえた。
その闇に、光はどう見えるのだろうか。
何を考えいるのか、わからない。
夢で会った湊も、今目の前にいる湊も何を考えているのか。どうして俺を目覚めさせたのか。生きていられるのは、嬉しい。けれど
「…温羅」
「! 悪い。考え事をしていた」
「戻るかい?」
「あぁ。戻る」
俺には分からないことが多すぎる。父様ならわかるのだろうか。知りすぎるくらい、知っている父様なら。
「……?」
父様の名は、なんだっけ?
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