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第7話

この屋敷は、少し迷路の様だ。 慣れていないだけかもしれないが同じ様な扉が続いている。階段を降りてから踊り場に出て、その右側にある壁と一体化している扉の先があの豪奢な装飾がある部屋だ。 「……湊」 少しばかり軋む扉を開き、中に入る。夜なのが信じられないほどに煌々と光るその装飾に僅かに目を細めた。 「来ると思っていたけど、存外早かったね。温羅」 煌びやかな長椅子に足を組んで座り、湊が微笑んだ。金色の髪ではなく、真っ黒な髪に、真っ赤な瞳。肌の色こそ違うが「湊」だった。 「ーーーーーー…あんたは、どっちなんだ」 「おかしな事を聞く。私は私だよ。桜庭湊だ」 その言葉に、違う、と小さく呟いた。 「あんたはどう在りたいんだ。人か、化け物か」 「さて、どうだろうね。混ざりすぎて自己などとうの昔に無くしたからわからないな」 微笑みをたたえたままで、湊がそう言葉を吐いた。諦めにも似た、言葉を。 「その髪と、目は?」 「ーーー…あぁ、夜はこれなんだよ」 自分の黒髪をすくいながら湊がおかしそうに笑う。俺は小さく息を吐いてから、長椅子に座っている湊の前に立った。 「……聞きたいことがある」 「なにかな」 「俺の呪いは単純に解けると聞いた。湊は知っているのか?」 俺の問いかけに、湊は少しだけ困った様に肩をすくめた。 「ーーーーー…血だよ」 「血」 「温羅がただの鬼になるか、人になるか。それだけの話だ」 それは答えじゃないじゃないか。 人と鬼が混ざっている限り、どちらか、なんて。 「私は化け物だから、混ざりきってしまっているけど、お前はまだ別々だ。母親がかけたその呪いは、お前が人で在るか、あるいは鬼で在るかを選ぶ時に解ける」 「……どう言う、こと」 「元来、鬼と人の血は他の血が混ざりでもしない限り、共存できないんだよ。鬼と人は互いに反発する様に出来ている。相容れないんだ、そもそもが」 湊は困ったねと呟いて、腕を組むと顎に手を当てながら「座りなさい」と俺を促した。 湊が座る対面に置かれた同じ様な長椅子に腰掛けて、湊を見据える。 「人で在りながら、鬼でいる。その時点で呪われているんだよ。鬼は人間になり得ないし、人は完全に鬼では在れない。そこには何かしらの呪いがかかる。温羅のように七日間しか起きていられないのも、血のせいだよ。産まれた瞬間から定められた、血の呪いだ」 「………血の、呪い」 「どちらかを選び、どちらかを捨てるか、それとも、呪いごと受け入れるかーーーーあるいは、死を選ぶのか」 「…………死…」 呪いごと死ぬのか、と。 死を選ぶのは簡単だと、俺は小さく漏らした。百年眠ろうが、死のうが変わらない。ただ、俺だけじゃなく、湊は。 「湊は、どう在りたいんだ」 「同じ事をきくものじゃない。私は私以外に成り得ない」 「そうじゃない。今、俺の目の前にいるあんたの話をしてるんだ」 「………どうかな、生きる事にさして興味はないし、死ぬ事にも興味はないよ」 かなしそうに、だけど、諦めた様な声音だった。 「ーーーーー…湊は、なんで俺を助けた」 百年、放っておいても良かったはずなのに、血を与えて目覚めさせた。それは、一体何故。 「気まぐれだよ。お前の父親が私の弟と共に連れてきたのが温羅だった。それだけの話さ」 「弟…?」 「そう。お前が喰おうとした、人間だよ」 にこりと笑う湊の表情も、声音もまるで変わりない。ただ、事実を報告しているだけの様な。それが、違和感だった。 「………弟は、人間…?」 小さく呟くと、ざざ、と頭で音が響いた気がした。 砂嵐の様に乱れて、はっきりとしないその記憶が、頭で暴れている感覚がする。額に手をかざして、僅かに目を伏せた。 「気まぐれに拾い、育てた捨て子だよ。あの子も、予想外の行動を取る事が多々あったけど、今はーーーー」 「……父様と…」 「そうだね、温羅の父親と共に在る」 それは、それを、俺は知っている。

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