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第9話
ぽつりと溢れた言葉に湊の胸が揺れて、くすくすと笑い声が聞こえた。
「……湊」
「…はは、なにかな」
「湊は普通の人生って言ったけど、……俺は、ーーーーー…いや」
握りしめた拳は、そのままだ。
湊からわずかに離れ、ふと自分が息を詰めていたことに気がついた。
「湊は、父様がどこにいるか知ってるのか?」
「あぁ、知っているよ。会いたい?」
「………そう。会いたい。聞きたい事が、あるから」
今の俺の気持ちを告げたら、父様はどんな顔をするだろうか。また、簡単に命を捨てるのかと、怒られるのだろうか。
「そうか。教えてあげよう」
湊が呆れたように笑いながら、俺の頭を撫でた。
多少勝手がわからなくても、なんとなく勘でいけるものだ。流石に電車と言うものはわからないから歩いて、しばらく。
5日目の、朝。父様に会ってくると言い出した俺の気持ちを見透かしたように、湊は「いってらっしゃい」とだけ言って見送ってくれた。
長すぎるくらい長い髪を結んで、角も隠して、着物ではなく、普通の服を着て。用意してくれたのも、着方を教えてくれたのも湊だ。訳の分からない靴も履いた。
曰く「人里では履かないと目立つ」らしい。
草履も今ではこんなに変わったのかと、内心時の流れに少し胸が痛んだ。
「………」
ふと足を止めて、山へと続く小径を見上げる。脇に立っていた看板の文字は読めなかった。
「……しばらく登るって、」
どこまでだ。
ふと息を吐き、足を止めた。この動きづらい服装が嫌になってくる。完全に獣道だなと納得して、また歩き始めた。
途中から、所々ヒビが入ったり苔の生えた階段が上に続き、それを登りきったら鳥居があった。奥の方にも鳥居があり、さらに奥にある暮石の様なものの傍に誰かが座っている。
狐の面で顔の上半分を隠した髪の長い男だった。
古びた洋服の上には、煌びやかな装飾が施された着物を肩に掛けている。
「……なん、で、あんたがここにいる」
俺の声にわずかに顔を上げた男は、小さく笑ってから口を開いた。
「……おい。来たぞ勝呂。鬼の子が」
「牡丹と呼べと何度言えばわかるのかな、お前は」
銀色の髪が僅かに揺れた。狐面の男の後ろに座っていた人物がゆっくりと振り向いた。
「父様…?」
髪の色こそ昔と違えど、間違いなく自分の父がそこに立っている。
「久しぶりだね、温羅」
「ーーーーーーーーー…ひさし、ぶり」
「あぁ。それで?私に何を聞きたいのかな」
ニコリと微笑む表情は昔と変わらない。
懐かしい反面、酷く泣きたくなった。きっと、今から俺が言うことで、父様を傷つけるだろうから。
「………鬼と人の血は、反発しあうと湊が言っていた。どちらかを選べば呪いが解けるって。だけど、俺は湊を救いたい」
拳を握りながら、父様を見つめる。
「…そう、か。わかったよ」
少しだけ、本当に少しだけ、悲しそうに笑った父様は、俺の前に立ち、言葉を紡ぐ。
「いい子に育ったね、温羅。……生きてくれ、と言いたいけれど…一度決めたなら曲げたりしないだろう?」
「頑固なのは勝呂の血だろ」
狐面の男が馬鹿にしたようにくつくつと笑い、立ち上がる。
狐面の男ーーーー青天目、蓮華。ずっと昔から知っている。この男が何故、こんな場所にいるのか。
何故、父様と一緒に。
「青天目は、何故ここにいる」
「ーーーー何故、って?」
「死んだんじゃなかったのか」
「…ばかだな。相変わらず」
嘲るように笑い、青天目の口元がニヤリと弧を描いた。
「分からないなら秘密のままにしておこうか」
この男は、いつもそうだ。
飄々としていて、敵も味方も関係ない。自分が立ち回るために必要なものは全て道具だ。
相手においては口調さえ変えてみせる。
「……………父様」
「あぁ。なにかな」
「さよならを、言うつもりはない、から」
父様を見上げ、その隣に立つ青天目を僅かに睨んだ。
「俺は、青天目が嫌いだ」
「構わんさ。嫌われようが関係ない」
それよりも、と青天目が顎に手をあてながら言葉を続けた。
「別の方法を試せばいいだろ。お前は鬼じゃないのか?」
ーーーー鬼じゃ、ないのか?
その言葉に首を傾げ、ハッとした。
それは、鬼にしかできない事だ。
巡り会うことを望むなら、
「試した上で死ぬなら勝手に死ねばいいだろ」
「………印か」
小さく聞こえた父様の声にハッと息を吐いて、握っていた拳を緩めてから自分の足元を見る。
湊が解放して欲しいなら、叶えたい。
だけど、それで湊が俺を忘れてしまうのはかなしい。それでも、仕方がないと思った。
俺がかなしいと思うのは、その感情で湊を引き止めるのは独りよがりで自分勝手だ。
でも、
「温羅」
ぽん、と頭に置かれた手に、弾かれたように父様を見上げた。
「自分のしたいようにやりなさい。後悔しなければ、それでいい」
少しだけ、かなしそうに笑う。
「…………こんな事は、言いたくないけれど……紅が身篭った時、呪われる事は分かっていた。鬼と人の血は交わる事はないと私は知っていたのに、とても嬉しかったよ。だから、好きに生きて、納得のできる最期を迎えなさい。温羅」
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