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第11話
「………人でありたいと願えば、その眠りも覚めて普通に生きられるのに?」
お前は馬鹿だねと笑い、湊は掴んでいた俺の手を握り返した。
「湊」
「夢のままで構わなかったんだけどね。私はとうに死んだ人間だからお前まで路を共にする必要はないんだよ?」
困った様に眉根を下げながら湊がそれでも僅かに嬉しそうに微笑んだ。
「牡丹に……いや、勝呂か。怒られてしまうね」
「…父様は、好きにしろと。好きに生きて、納得のいく最期を迎えなさいと言っていた」
だから選んだ。そう言葉を続けて、もう一度湊と名前を呼んだ。
「………これだけ生きてきて、印を刻みたいなんて言われると思わなかったよ」
「他に言われてたら困るだろ」
ムッとしながら返せば、それもそうかと笑う。
ただ単純に、欲しいなと思った。
このまま、俺の手から離してしまったら二度と会えなくなる。それは嫌だなと、そう感じた。
「…どうぞ?温羅。この魂をお前にあげるよ」
湊の右手が頬を撫でる感触に、僅かに目を細めた。そのまま、掴んでいた左手の甲にまた唇を寄せた。
「……っ…」
ちいさく湊の唇から息が漏れて、ふと顔を上げて、噛み合った視線に掴んでいた湊の手を引く。
「!」
僅かに息を飲んだ湊の唇を塞いで、すぐに離れる。それでも真っ直ぐに赤色を見つめたままで口を開いた。
「すきだ」
驚いた様に目を丸くする湊にもう一度同じ言葉を投げた。
「湊が好きだ」
「ーーーーそれ、普通は印を刻む前に言うと思うけどね」
「………そんなものか」
「多分ね」
「口づけは?」
「雰囲気じゃないかな」
雰囲気か、とつぶやきながら困った様に笑う湊を見上げた。
「あと、1日だけ、湊と一緒にいて構わないか」
「明後日が7日目だから?」
「……そう、だけど」
それだけじゃない。そう言葉を続けて、立ち上がりながら湊の手を引いた。湊とはだいぶ違う背丈だけれど、覗き込む形で湊の顔が見えるのはいいなとぼんやり思った。
五日目の、夜。
与えられた部屋の寝台に腰掛けて、窓から夜空を見上げれば、欠けた月が揺れた。
昔から月は嫌いだった。
夜も好きではなかった。1日の帳が降りれば、俺が起きている時間が減ってしまう。もっと知りたい事だって沢山あった。行ってみたい場所、会いたいひと。
あの短い七日間の思い出をただひたすらに追いかけてしまいたかった。
湊を縛り付けて生き続ける選択だって、実際のところ出来ないわけじゃない。
だけど、湊はそれを望まない。だから俺も湊のいない未来は捨てた。
「ーーー…」
ふと息を吐き、寝台から立ち上がり部屋を出た。
ひんやりとする廊下を歩きながら目指すのは、湊のいるあの部屋だ。
「…………湊」
「やぁ、いらっしゃい。温羅」
いつも通り椅子に腰掛けている湊は、いつも通りに言葉を続けた。
「…湊、夜はやっぱり黒髪なんだな」
「仕方ないね。核である桜庭湊は黒髪だから」
「ーーーーどうして、同じなのに違うふりをする」
カタン、と湊の向かい側の椅子に座り、真っ直ぐに見つめた。
頭上で煌めく飾りはいまだに慣れないけれど、この椅子の装飾には僅かに慣れた。
「……お前は優しい子だね」
「別に、優しくはない。人間は好きじゃない。でも、湊は別だ」
足を組みながら湊がおかしそうに笑い、額に手をかざした。俺はただ首を傾げながら湊を見つめ、名前を呼ぶ。
「湊」
「なにかな」
「明日、の、事なんだが」
膝の上で指を組みながら、僅かに俯いて言葉を続ける。
「………遠くに、出掛けないか」
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