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第12話
「遠く?」
「ーーーー…そう。遠くに。できるだけ、遠い場所」
「なぜ?」
「…………この地が、湊を縛ってる」
小さな声で答えれば、湊がクスリと笑うのがわかり、顔を上げた。
「墓石が、あるからかな。死体こそないにしろ、墓がある。だから離れた事はないよ。私は常にここにいたからね」
腕を組み、困ったように湊が首を傾げながらふと息を吐いた。黒髪が僅かに揺れて、赤い瞳が陰る。
「………ここにいる限り、湊は縛られ続ける気がしたんだ。たとえ自由になったって、その罪悪感がきっと縛る要因になる」
「ざいあくかん…?そんなものは、ないよ。とっくに無くしたものだ。私は好きなようにしてきた」
視線が、僅かに逸れる。傾いた顔に、前髪が揺れて湊の瞳を隠してしまう。
俺は思わず椅子から立ち上がり、湊の前に行くと、片膝を椅子に上げながら湊の前髪を撫で上げた。
「っ、温羅」
体重をかけながら湊の体を後ろに倒し、ごちん、と頭が長椅子の背に当たる。湊は目を丸くしながら俺を見上げていた。
「何に遠慮してるんだ」
「……温羅」
湊の体に跨るように被さって、真っ直ぐにその赤を見返した。
「隠し事は、嫌いだ」
「…………隠し事なんてないよ」
「自由になりたいなら、解放されたいと願うなら、捨てることも必要だ」
捨て切れない感情を持て余すのは、なんて愚かな事なんだと。
持ち過ぎて、溢れないように蓋をしてしまうと、開けることをためらってしまう。そのうちそれが開かなくなる。開け方を忘れてしまう。
だから
「…今「生きてる」湊に墓は必要ないだろう」
今、目の前にいる湊の墓は、必要ない。
「……お前は、……愚かな子だね」
行き場を失っていた湊の手が、俺の頬に伸びる。ひんやりとした指先が頬を撫でて、ぽとりと力なく落ちた。
「私は、…湊であり湊ではない。核となった人の子は、死んでいるんだよ」
「…違う」
「温羅」
「……本当にそう思うなら、俺から視線をそらしたりしないだろう、湊は」
こんなに近いのに、僅かにそらされた視線。遠慮がちに触れた手に、撫で上げた手を離した。また前髪が湊の表情を隠し、みえなくなる。
椅子に上げていた足を下ろし、ただ湊を見下ろした。
「温羅」
「ーーーーなんだ」
「口笛は、聞こえた?」
さらりと流れた前髪から覗く目が困ったように笑う。
「………みなと」
「うん」
「あんたは、ちゃんと、まだ、生きてる。明日、死んでしまっても、俺もいるだろ。離さないから、だから」
ーーーーその、全てを諦めたように笑うのを、やめてくれ。
拳を握りながら真っ直ぐに湊を見るけれど、好きだとか、愛してるだとか、そう言う類の言葉を連ねても笑うだけなんだろう。
湊は言葉を信じていない。そんな気がしたから、なら、嘘じゃないと、伝えるためには。
「………」
どうすれば、いい?
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