13 / 17

第13話

桜庭湊は助けを求めた。その見返りに、体を奪ったと湊は言ったけれど、その実確かに湊は生きている。 たくさんの魂の中でも混ざりきらないその意思の強さは、きっと測りきれないくらいなんだろうと、思う。 俺なんかの言葉では揺らいだりなんて、きっとしないんだろう。だけど、それでも確かに印は刻んだ。 だから、死んでしまってもまた会える。会いたいと、俺は願うから。 「温羅」 湊が名前を呼んで、手を伸ばす。 その手を掴んで、また湊の瞳を見返した。魅入るような、赤い瞳。 「私の夢は、ただ普通に生きる事だよ。普通に生きて、普通に死ぬ。ただそれだけなんだ。元は只の人間なのに、長く長く生きて、生き続けて、正直もう、疲れてしまった。願うのは、解放だよ。ただ自由に、なりたいだけだ」 掴んだ手を握り返した湊は、ゆっくりと立ち上がり、その腕の中に俺を閉じ込めた。 「ーーーー…牡丹がーーー、いや、勝呂がお前を連れて来た時、これはチャンスだとおもった。長く長く生き続けてしまう私にとって、眠り続けるお前を側に置くことは、意味がある、と」 湊の胸に額を当てながら、背中に腕を回した。長い髪を引っ張ると、こらこらと湊が咎めるように笑う。 「お前の目が覚めて、私はまたひとりになるのだと思っていたよ。だから少しーーー、いや、だいぶ、意外だった」 「湊から離れないから?」 「そうだね。私は所詮、ずっと独り身だし、誰かを愛したことがない。それでもやはり、一人きりはつまらないからね」 「……俺は、…湊が俺を目覚めさせてくれてよかったと思ってる。俺は湊に印を刻んだ事を後悔しない」 背中に回した手でまた髪を引っ張ると、湊が笑う。胸が揺れて、顔を上げると視線が交わる。 「ーーーー…湊」 「なにかな」 「信じられなくても、構わない。ただ、俺は湊を助けたい。だけど、湊がいない世界であんたを待ち続けるのは無理だ。それが数年でも、数十年でも、無理だ。だから、」 一緒に絶つ命を、ゆるしてほしい。 そう小さく言葉を続けた。 「ーーーお前は、本当に愚かな子だね」 六日目の、朝。 寝台で目を覚まし、天井に向かって手を伸ばす。少しだけ、目眩がした。 この感覚は覚えている。あぁ、時間がないのだなと、ため息混じりに笑いながら体を起こした。 「ーーーー…湊がくれた血より、呪いの方が、強いのか」 それとも、印を刻んで鬼でいる事を選んでも 「………」 体は、驚くほど軽い。 不思議だなと自分の掌を見つめた。 「おはよう、温羅」 いつの間にか開いていた扉をコンコンと叩きながら聞こえた声に顔を上げると、髪をバッサリ切った湊が立っている。 黒髪に、赤い瞳の、 「ーーーーー…髪、切ったのか」 「はは、そこか」 「やっぱり、湊は湊だな」 昨日、夢で湊に会うことは無かった。 「……正直なところ、混ざっているような、混ざり切っていないような感じでね。私としては、別にどちらでも構わないのだけど」 「ーーーーーー…そうか」 「それで?行くんだろう?遠くへ」 おいでと笑う、この人を、心底愛しいと思った。 ずっとわからなかった。誰かを愛しいと思う気持ちも、身を呈してまで何かを守りたくなる気持ちも。 父様と旅をしたあの七日間とはまるで違う感情が次から次へと湧いてくるのは、俺が湊に出会ったからなのだろうか。空の青さも、樹々の香りも、風が肌を撫でる感触も知らないはずがないのに。 「ーーーー…いい、のか。ここを離れても」 「構わないよ。お前が約束してくれただろう」 「…っ、なら、行こう」 「はは」 伸ばされた湊の手を取り、何も持たずに歩き出した。 湊はいつもより軽装で、俺も動きやすい和装だ。全部の扉をしっかりと閉めて、最後に玄関の鍵を閉める。門には鍵がないと湊が言うから、扉を閉めるだけ閉めて、ガチャン、と音が辺りに響いてからふと息を吐いた。 「ーーー湊」 「…なにかな。温羅」 「…………会いたい奴は、いるか?」 俺の問いに、湊が門の前で足を止めた。困ったように笑いながら、「ひとりだけ」と答える。 「だけどきっと、お前を怖がるし、お前も会いたくないだろう」 「ーーーーーーーー…」 「私の弟だよ」

ともだちにシェアしよう!