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第14話

湊は昔、捨て子を拾ったと言った。 気まぐれに拾い、育てたんだと。それを後悔したことはないし、それなりに大切に育てたんだと。歩きながら、教えてくれた。 俺が、殺そうとした、相手の事を 「………大丈夫かい?」 「ーーーーーーーーー…こんな、感覚は初めて、だから、わからない」 胃の辺りがぎゅっとなる感覚。正直この感覚は好ましくない。だけど、 「俺以上に、向こうが大変だろ。俺に記憶がないとは言え、喰われかけた相手が自分の兄と来るんだぞ。嫌がらせかと思うだろ」 俺がそう言えば、湊はははっと笑いながら俺の頭を一度撫で、大丈夫とつぶやいた。 「あの子は強い子だからね」 「ーーーー…?」 「温羅は、…本当に会うのかい?別に会わずとも済むだろうに」 湊を見上げれば、困ったように眉根を下げながら聞いて来るから、静かに頷いた。 会った方がいいに決まってる。 相手にとっては、家族なのだから。 家族を、奪う事になる。軽い話でもないし、ましてや命の話だ。湊も俺も、決心は揺るがないとは言え、それとこれとは話が別だろう。 「…父様はーーーー勝呂は、居ないんだろう」 「あぁ、居ないだろう。あれはそういう奴だからね」 きっと全てお見通しだろう。湊は呆れたように言うと、ああそうだと足を止めた。 「温羅」 一歩前に進んだ俺は、名前を呼ばれてなんだと振り向いた。 「ひとつ、言い忘れていた事があったよ」 「?」 「私も、お前を忘れることは無いよ」 「ーーーーー…そ、……っ」 それを今言うのか、と言葉にしたかったのに、喉につっかえて声が出なかった。見上げた湊は、今まで一番綺麗に微笑んでいて締め付けられたように胸が痛い。 「…温羅?」 不思議そうに首をかしげる湊は、自分の言葉がどれほどの影響力を持っているのか知らないのだろう。 「どうかしたかい?」 「っ、どうも、しない」 「そうか」 都会だなと漠然と思った。 湊は迷いなく歩いているけれど、振り向く人の子が多い。見たことのない服装で歩く人間があまりにも多くて驚いた。 「……今の人の子はよく分からない格好なんだな」 「確かに、派手ではあるかもしれないね。…それにしても、お前も角を隠せるのは驚いたよ」 黒髪を一つに束ねた今の俺の額に角はない。人の子から隠すのは俺にとっては大変なことだけれど、出来ないわけじゃない。コツが掴めないだけで。そう答えれば、そうかと湊が笑った。 「ーーーーー…俺は、十五になるまで普通に生きていたけど…むしろ角はなかった気がする。昔すぎて覚えてない」 十五になった日。 その日から七日後に俺が住んでいた山の村に人間が大勢やってきて、俺は母様に封印された。朧げな意識しかもう残っていないのは、少しばかり寂しさもあるけれど、それよりも、起きて動いていた時間の記憶の方が少ない。 十五年と、七日。一番昔の記憶が、他の日々より未だ僅かに鮮明な色彩を帯びているのは、きっと意味があるんだろう。一度眠れば百年は眠り続ける。けれどおそらく、眠っていた時間は百年と言うわけではなく、それよりも長い間眠り、目覚めたから他の日々は記憶がないのかもしれない。 「……母様に、言われた事がある」 ポツリと呟き、自分の前髪を左手の指先でわずかに摘んだ。 「黒髪は、母様に貰った。この金の目は、父様に貰った。だから、間違いなく血を分けた息子なんだって。幸せになってほしいと」 「ーーーーー…幸せ、ね」 「幸せの定義は人それぞれ、個人によって違うものだとも、言っていた。俺が思う最良の選択をしてくれと」 自分自身で決めて欲しいと。 自分が思う「幸福」で構わないのだと。 「……誰に疎まれようと、止められようと、変わらないのが大切だと私は思うけどね」 前髪を摘んでいた手を、湊がそっと握り、見上げればにこりと笑う。 目的の場所にもう着くよ、と歩いた先には、見たこともないくらいに大きな建物があった。 手は繋がれたまま、その建物に足を踏み入れた。 透明な扉は、ここに来るまでにたくさん見た。硝子で出来た扉は脆く見えて仕方がない。そう湊に言えば、そんな事はないよと笑われた。 勝手に扉が開くのも、驚いた。今の人の世は俺が知らない世界のようで緊張する。山に近い湊の家からはそれ程離れていないにしろ、まるで別世界だ。 「温羅」 不意に名前を呼ばれ、足を止めた。繋がれていた手が離れ、湊が困ったように笑う。 「………?」 「優呉は……あの子は、私があの屋敷から出る意味を知っているから大丈夫だよ」 「は?」 「……外にいるあの子に、私が自ら会いに行く意味を、あの子は知っているから」 「ーーーーーーさよならを、言いに来るって…?」 俺がそう聞けば、そうだよと湊が答えた。 「……あの子に昔聞かれた事があるんだ。何故屋敷から出ないのか、と。その時に私は、優呉に私が自ら会いに行くときは、サヨナラの挨拶をする時だけだよと答えたんだ。あの子は、それなら毎回自分から会いに行くから来なくていいと言っていたけど」 「それは」 それはきっと、さよならをしたくないから。 俺でもわかる言葉の真意を、湊が気づかないはずがない。 それでも、 「行こうか」 それでも、望みは変わらない。

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