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第16話

見慣れない街を歩いて、一軒の廃屋を見つけた。どこまで歩いてきたのだろう。取り留めのない会話をしながら、湊との手は繋いだままで、結構な時間歩いた。 もうすぐで、陽も傾き始めるだろう。 これがきっと、最期の夜だ。 「……凄いな。ボロボロだ」 「そうだね」 壁に蔦が伝うその壁は、外も中もヒビが入っていて、今にも崩れそうだ。だけど、ここなら。 「ーーーーそういえば、知っているかい?温羅」 斜めに外れていた玄関の扉をくぐり、湊がくすりと笑う。俺も扉を潜り、その暗闇の中に足を踏み入れた。 「何を?」 「……私達は、死んだら花になるんだよ」 それにしてもここは暗いね。と湊は今にも千切れそうな窓を塞ぐようにかかっていた布を取り払った。 埃だらけの玄関を抜け、抜けそうな廊下を歩いてすぐ。傷だらけの襖を開き、居間らしき場所に入ると、意外と光が入っていた。とは言え、もう日暮れだ。暫くしない内に帳は完全に落ちるだろう。 「花に、なるって」 「ーーーーーー…うん。死体は残らず、その場で花になるらしい。とは言え、私も実際に見たことはないけれど……」 顎に手を当てながら、湊がその赤い瞳を綻ばせた。 「人では無い、証のような物だろう。人は骨になるが、私達は骨が残らない。かわりに花が残る。一輪なのか、それもわからないけれど…………ただ」 「……?」 「自害した場合は、何も残らず灰になるそうだ。転生の輪からも外れる。魂だけが浮遊して、器を求める」 湊の言葉に、俺はただ息を飲んだ。だって、それなら。 魂だけの存在だった、湊を助けた魂は 「自ら、命を絶ったのだろう。もっとも、その記憶も無いけれど……。私は、幸運なんだろうね。こうして、解放を迎えることができるのだから」 そうして、湊は綺麗に微笑んだ。 「湊」 「うん」 「……俺は、……湊の願いを叶えたい。だけだ、ここで終わるわけじゃ無い。また、探し出すから」 探して、今度は、こんなに哀しそう、寂しそうに綺麗に笑うなんて、させない。 湊は綺麗だ。だけど、そこには必ず陰がある。俺は、印を刻んで鬼である事を選んだ。また、湊に会うために。今度は、心から笑えるように。 だから、 「……………お前は、本当に愚かな子だね……」 「なんと言われようと決めた。俺は、湊に心から笑ってほしいから」 だから、次こそは、きっと。 湊を床に座らせ、俺は膝立ちで湊を抱きしめた。肩に額を当てて、ふと息を吐く。湊の腕が背中に回って、そのまま体を預けた。 生きてる。まだ、だけど、 「ーーー温羅」 「なんだ」 「お前が目覚めてくれて、嬉しかったよ」 「っ、それは」 息が、詰まりそうになる。言葉が出てこなくて、湊の服をぎゅっと握りしめた。 「出来るなら、また一緒に暮らしたいね。お前の隣は、存外心地がいい」 「……っ、当たり前だ。そんな事、言われなくたって……っ」 わかってる。 俺だって、湊が好きだから。無くしたくなくて、印を刻んだ。次の魂すら縛り付けて、そこまでしても、湊と居たい。 だけと、今は 「さよならに、口付けでもするかい?」 そう言って可笑しそうに笑う湊の頬に手を添えた。 「ーーーー次まで、とっておく」 こつりと額を合わせて、深呼吸を一度。ありがとうと呟いてから口を開いた。 「音無」 掠れた声が、その名を呼んだ。 「ーーーーーーーーーーーーーー…たしかに、これなら自害では無いですね」 ただの、一度きり。 心臓を貫かれても眠るだけの俺の体は、音無の刀ならば、死ねる。その事を教えてくれたのは、夢の湊だった。 確かな死を連れてくる、その刀に恐怖はない。ただ、 「……勝呂に、一つだけ伝えて欲しい」 背中にピタリと当てられた切っ先を感じながら、俺は振り向く事なく音無に言葉をかけた。 「…何でしょうか」 「俺の父は、この先も勝呂しかいないと、そう、伝えてくれ」 「ーーーー分かりました。伝えておきましょう」 目の前の湊がくすりと笑い、お前はいい子だねと呟いた。

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