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第13話

13  「駿河さん駿河さん駿河さん聞いてください!」  うん、そろそろこのタイミングだと思った。  最近は大人しかった後輩くんが、昼飯のタイミングで俺の方に駆け寄って来る。社員食堂に行こうと立ち上がった俺の腕を掴まえて、頬を紅潮させながらの言葉に、俺はげんなりした。残念ながら、可愛くもなんともない。 「なにー、駿河さん腹減ってんだけど」 「じゃあ社食行きながらで良いんで話聞いてください!」 「後輩くんの奢りってこと? ありがとー」 「いやいやいや奢りませんけど」 「えー、んじゃ俺柴田さんと一緒に食おうかな」 「あ、日替わりでよければ奢らせてください!」 「まいどー」  柴田さん、というのは恰幅の良い気の良いおっちゃんだ。上司におっちゃんというのは気が引けるけれども、太っ腹で、誰とでも気軽に話せる懐の広い人だ。たまに構ってもらいに行くんだけど、今日の後輩くんは相当話したいことがあるようだ。腕を掴まれたまま、エレベーターまでずるずると引き摺られる。 「逃げないよ?」 「あ、すみません」  流石にエレベーターの中まで後輩くんと接触する趣味はなくてそう言うと、今漸く気付いたように、ぱっと手が離される。何人かと共にエレベーターに乗り込み、地下にある社員食堂を目指した。その間も後輩くんは何処かそわそわとしていて、こう言っちゃなんだけど、きもちわるい。  少しすると、チン、と音が鳴って地下への到着を報せ、エレベーターのドアが開く。すぐに下りて、後輩くんに食券を買わせて(ちなみに日替わり定食は良心的なワンコインだ)、列に並んだ。から揚げが乗ったトレイを受け取って、席に座る。気が利く後輩くんから水の入ったコップをもらって、一口飲む。 「で、何? そこまで話したいことって」  単刀直入に聞くと、目の前の後輩くんが言葉に詰まった。照れたように眼鏡のブリッジを上げる仕草に、思わず眉を寄せる。 「後輩くんの照れ顔とか、見たくないんだけど」 「お、俺だって好きで照れてるわけじゃないです!」 「一体なにがあったの……」 「す、駿河さん」 「はい」 「俺……」  もじもじと目の前の唐揚げを見つめて、躊躇いがちに口に開く後輩くん。がやがやとした周囲の雑踏に紛れてしまいそうな声を聞き逃さないようにじっとその瞳を、眼鏡越しに見つめる。あ、美味い。レモンの酸味が、濃い味付けを中和していて、咥内に広がった。じゅわ、と肉汁が溢れて、十分な歯ごたえを味わう。やっぱりこの社食の唐揚げは美味い。 「彼女ができました」 「おー、おめでとー」  白いご飯と合う。もぐもぐと咀嚼し、やっとの思いで告げられた報告に視線を上げてそれだけ言うと、後輩くんが目を瞠った。 「そ、それだけですか!」 「えー? 他に何か言うことある?」 「誰? とか、いつ? とか」 「やだなあ、俺がそんなに後輩くんに興味あるように見える?」 「見え……ません!」  あ、泣きそうだ。  少し意地悪しすぎたみたい。仕方ない、素直に話を聞いてあげよう。 「ごめんごめん、冗談だって。で、いつから? どんな子?」 「……です」 「え?」 「猪口さん、です」  完全に拗ねてしまった後輩くんが下を向きながらぼそぼそと告げる名前が、漸く俺の耳に入ってくる。いぐちさん。いぐち、さん。 「猪口さんって、あの?」 「そうです」 「えええ、早くね?」  と思うけれども、あれから割と時間が経っている。少なくとも俺と犬塚さんは二回も飲みに行ってるんだから、彼らだって、会おうと思えばいくらでも会えただろう。 「そっか、よかったねえ」  と言うのは本心からの言葉だ。初々しい後輩くんの姿を思い出す。決して悪いヤツではない。後輩くんは赤い顔で俯いて、視線だけ上げてきた。だから、男の上目使いなんて可愛くもなんともないってば。 「あ、ありがとうございます……。駿河さんには、色々お世話になったから、直接言いたくて」 「いつから?」 「ついこの前ですよ。あれから二回、二人で会ったんですけど、そのときに」 「勿論、後輩くんから告ったんでしょ?」 「そう、ですね、まあ……」 「そこで照れないのー」 「す、すみません」 「いいねえ、若いねえ」 「そう違わないでしょ。……駿河さんはどうなんすか」 「俺?」  ――式、挙げる予定だよ。  なんて、まかり間違っても口に出せない。ていうか、所謂恋バナの流れで、ネトゲのことがいの一番に頭に浮かんでくるなんて、俺も相当、キてると思う。ごく、と水を一気に飲み込んだ。 「あの後、俺も、二回会ったよ、二人で」 「えっ、マジすか! 誰と?」 「犬塚さんと」 「え……食われてないですか、大丈夫ですか」  だから、イケメンな犬塚さんを勝手にホモにするなっての。  後輩くんの皿の上から唐揚げを一つ奪い取ってやった。  後輩くんの惚気を聞いたり、人事異動の噂に左右されたりしながら、気付けばあっという間に一週間が経っていた。その間にネトゲにログインしては、シノさんと結婚式の準備を進めて、いよいよ明日が結婚式本番になった。友達に招待状は配ったし、衣装になる装備は買ったし、準備万端だ。 「いよいよだねー」 「早かったな」 「だねw」  俺とシノさんは、シノさんの自室でソファに並んで座っていた。もうその時点でホモっぽさが漂っているが、残念ながら、慣れてしまった。  ネタ婚、ということで、ギルドの仲間たちや共通の友人から、妙な期待を向けられてしまっている。真面目なシノさんは、その期待を裏切るわけにはいかないと、入場アナウンスや挨拶等を詳細に決めて、そのリハーサルまで行った。想像以上の力の入りっぷりに少し驚いたけど、楽しかった。二人で過ごすと時間の流れは妙に速くて、もう日付が変わる時間になっている。 「まあ、大体、こういう感じでいいだろ」 「もう完璧だよ、シノさんすげえw」 「ふ」  シノさんが格好つけた。  そんな姿も様になるから、イケメン(のアバター)は卑怯だ。 「んじゃ、そろそろ寝ますかー」 「ん。あ、アキ」 「はい?」 「この前、急に連絡先聞いてきただろ」 「う、うん」 「あれって何か、理由があるのか?」 「え、今それ聞くの」 「なんとなく、気になって」 「んんん」  なんて言ったものか、俺は答えに困った。  あのときは、結婚システムを機に、リアルでも連絡を取り合う必要が出てくるかな、っていう軽い考えで持ちかけただけだ。でも、予想以上にショックだったのは、それなりの理由がある。俺は考えてから、シノさんに言った。 「それさ、明日まで待ってもらっても良い?」 「ん」 「明日、話すよ」 「わかった」  シノさんは理由も聞かずに、頷いてくれた。こういうところ、本当に男前だと思う。その後すぐに、「おやすみ」を言い合って、ゲームからログアウトした。  ――明日はいよいよ、結婚式だ。  ゲームの中だけの、ネタで出来た結婚式。  頭ではそうわかっているのに、何故だか妙に、ドキドキしてしまう。  その夜は、中々寝付けなかった。

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