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第15話
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「いやー、すごかったねwww笑えたwww」
まだ笑いを取ることができない。二人きりになると、ドレスを脱いで、いつも通りの緑が基調の弓使いらしい装備に戻した。ソファに腰掛けたら、同じく、白いローブ姿になったシノさんも隣に座った。
「予想以上に結婚式だったなwww」
「ちゅーしてたよ、ちゅー」
「ファーストキッスだったのにwww」
「wwwwwいただきましたwww」
ふざけて笑い合って、小さく息を吐く。
式の後は賑わっていたギルドのチャットも今は落ち着いていて、二人パーティを組んでいる俺とシノさんの交わす言葉だけが、画面に打ち込まれて行く。装備画面を開くと、先程交換したばかりのプラチナリングがしっかりとアクセサリー欄に載っており、何だか感慨深い。製作者の名前に、シノ、と書いてあるのがむず痒かった。
「シノさんさー」
「ん」
「俺が、ゲーム辞めたらどうする?」
思い切って、問いかけてみた。
それはある意味で、昨夜約束した、話の続きだ。
「なに、辞めるの?」
「まだわかんないけど。四月から、異動するかもしれないんだ」
そう、所謂花の本社勤務。
俺からしたら、お先真っ暗な感じになりそうだけど。
「生活が変わってゲームする時間なくなるかもしんない」
「そうか」
「そしたらさー?」
「うん」
「もう会えないじゃん」
「ん」
「シノさんと、ゲームしか繋がりがないのが、いやだったんだ」
キーボードをかちかちと叩く音が、一人しかいない部屋に響く。けれど、画面の向こうには確かにシノさんが存在していて、俺が打つ文字を、読んでくれているんだ。
「シノさんもさ、もしかしたら、何かで急にインできなくなるかもしれないし。……だから、聞いたんだよ。連絡先」
何か、考えてくれているのかもしれない。
いつもはぽんぽんとレスが返ってくるのに、少しだけ時間が掛かった。手元に用意していた、ペットボトルのお茶を飲んで喉を潤す。
「ごめんな、断って」
「いや、それは良いんだ。ダメ元だったし、ゲームとリアルの線引きする人っていうのは、知ってたから」
でも、割り切れなかったのは、俺の所為だ。
ネトゲのことをよく知らないだろう犬塚さんにまで愚痴る程、凹んでたのに。
そう思ってまたしょんぼりし掛けたら、シノさんが俺のキャラを、抱き締めていた。最近のゲームは凝っていて、座ったままでも、抱き締められているのがよくわかる。
「え」
「お前も知っての通り、リアルはリアル、ゲームはゲームだ」
「ん」
「ゲームのことを、リアルに持ち込むのは好きじゃない」
「うん……」
わかってるけど、わかってるけどお。
改めてそう言われて胸がつきりと痛むっていうのは、俺ってもしかして、シノさんのこと、相当好きなんじゃねーだろうか……。い、いや、ホモじゃないけど。ホモじゃないけどね!
リアルの俺が色んな意味で半泣きになりそうなとき、きらきらと画面が煌めくのが見えた。何度も何度も繰り返される効果は、戦闘で見慣れた、回復魔法だ。別に怪我をしているわけでもない俺に向けて、シノさんが回復魔法を連発してくる。ピンクや黄色の暖かなキラキラが、俺のキャラクターをふわりと包んだ。
「な、なに?」
「泣いてるのかと思った」
「な、泣いてないよ」
「無理、しなくていいんだぞ」
「してないー」
ああ、もう。シノさんのこういうとこ、イケメンすぎてほんとずるい。思わずリアルの俺が涙ぐみそうになったときに、机の上に置いていたスマホがぶるぶると震えて着信を知らせて、びくりと肩が跳ねる。「ごめ、電話」とシノさんに断って、通話ボタンを押した。
『もしもし、今大丈夫?』
「犬塚さん!」
機械越しに聞こえるのは犬塚さんの声で、少し驚く。「う、うん」とうっかり涙声を悟られないように返事をした。
『急だけど、駿河くん、明日ヒマ?』
「あ、明日? 大丈夫だよ」
『じゃあ、会わない?』
「うん、いいよ」
すごく突然の誘いだったけれど、犬塚さんとはいつもそんなもんだったと思い返す。待ち合わせの時間と場所を話して、通話を切った。画面へ目を移すと、「行ってらー」とだけ、返事がきていた。
「終わったよ、お待たせ」
「おかえりー」
「式の後だったのに、なんか湿っぽくなっちゃったね」
「いやw なあ、アキ」
「うん?」
「これからもよろしく、な」
「シノさん……!」
俺は思わず、シノさんに抱き着いていた。
結婚式を挙げたことで、確実に、距離は縮まった気がする。
……永遠の絆、なんて、うまいこというなあ、とちょっと感心した。
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