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第5話

 次の日。昼食時で賑わう学食内。俺は場違いな陰鬱とした気持ちで、早瀬の到着を待っていた。 「あ、早瀬来たー」  間延びした声で春木先輩が早瀬を見つけると 「おい、こっち」  と大倉が大きく手招きで呼んだ。  いつもの当たり前の光景だったが、今日ばかりは早瀬が気付かなければいいのに……と願ってしまう。その原因は俺にあるのだが。  早瀬がトレイを手に俺たちの居るテーブルに着くや否や大倉が非難するような声を出した。 「お前ら昨日二人だけで海行ったんだって!?」 「ずるーいー」  春木先輩も不服そうに頬を膨らませている。 「は?だって昨日二人とも居なかっただろ」  早瀬が言うと 「俺は講義が午後からだったの」  大倉が答える。 「俺は、ねぼうー」  春木先輩はぬけぬけと言っている。 「どっちにしたって行けなかったじゃん」  呆れたように早瀬が二人を見てそれから俺を見る。  だが俺は目が合わせられない。 「分かってるよ。だから、旅行は連れてけって言ってるの」 「俺ねー、こーよー見たい。こーよー」 「紅葉な、センパイ意味分かってる?」  早瀬は即座に状況を理解したようだ。一瞬鋭い視線を俺に投げかける。  俺は目を逸らして俯いた。  昨日帰ってから、改めて二人で旅行に行く事をシミュレーションし、やっぱり無理だと結論を出した。  そんなに長い間二人きりでいたら絶対にボロが出る。隠し通せる自信がない。  そうでなくても、今よりも好きになって、もっと辛くなる。ずっと一緒にいたいと思ってしまう。そういう欲望はキリがない。なら、初めから行かないほうがいい。  だから確信犯的に昨日の話を春木先輩達にした。こうなる事を予想して。  そんな卑怯な手段を使っても、俺はまだ早瀬といたい。  苦しくても、今の関係を壊したくなかった。 「紅葉だったらすぐ行かないとシーズン終わるぞ」  早瀬は俺との約束には一切触れずに淡々と話を進める。今は十月も末なのでせいぜい一ヶ月位しかない。 「じゃあすぐ、いこー!」  脳天気に春木先輩が賛成する。 「気軽に言うなぁ」 「とかいって、ちゃんと予定立ててくれんだろ早瀬なら」  大倉も乗っかる気は満々だ。 「いいよ、分かったよ。こっからなら……箱根とか?」 「箱根いいね!温泉入ろうぜ」 「温泉ー!」  二人とも箱根に乗り気のようだ。おそらく行ければどこでも良いんだろう。ふと、大倉が俺の方を向いた。 「ヒナは?さっきから何にも言わないけど」 「ヒナちゃん今日元気ないね」  春木先輩も心配そうに俺を見る。 「え!?あ、ああ、俺も箱根行きたい」  俺は無理矢理にぎこちない笑顔を作ってなんとか答える。早瀬から見れば心此処(ここ)に有らずなのは手に取るように分かるだろう。 「あ、もう結構な時間じゃん。ヒナ次の講義一緒だろ。もう行かないとやばいぞ、ほら」  大倉がトレーを手に立ち上がり俺の腕をとった。 「大倉」  そのまま俺を引っ張る大倉に早瀬が声を掛ける。 「何?」 「あ、いや……後で俺に予定送っておけよ。朝比奈も」 「おお、分かった」 「うん……」 「いってらっしゃーい」  残る二人に見送られ食堂を後にする。  早瀬は怒っただろうか。さっきの様子からは判断できなかった。 「ヒナ、何か悪いもの食った?」  早瀬にもし責められたら、きちんと謝ろう。それとも、もう普通に話してくれないかな。 「ヒナ?聞いてる?」  目の前で手を上下に振られてハッと気が付く。 「ごめん、何だっけ?」  足早に歩きながらも大倉は気遣わしげな視線をよこす。 「ヒナ……ひょっとしてなんだけど……旅行、俺らが行ったらまずかった、とか?」 「まさか、ないよそんなの」  流石に高校からの付き合いと言うべきか、妙に勘の鋭い大倉に慌てて否定する。  大倉には高二の時、振られた話はしていない。告白したのは同じクラスの奴でその時大倉とは別のクラスだった。  その時、同じクラスの数人からは遠巻きにされたから知ってる奴もいるんだろう。  大倉も、もしかしたら噂くらいは知っているのかもしれない。だけど大倉の態度は何も変わっていない。 「本当か?」 「当たり前じゃん、ていうか、時間!」 「うおっ」  上手く誤魔化せたのか分からないが、それ以上大倉からの追求はなかった。  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇  その日の帰り、考え疲れた俺はもう誰にも会わずに一人で帰る事にした。とぼとぼと俯いて校門をくぐった所で、後ろから声を掛けられる。 「スルーかよ」  振り向かなくても分かるこの声は早瀬。タイミングが良すぎる。多分待っていたんだろう。 「あの……」  そのまま俯いて立ち尽くす、なんて言おう。 「なんで、あいつらに言ったわけ?俺、二人が良いって言ったよな。酷くねえ?」  ものすごく険しい声。約束を破ったのだから仕方がないが、とても胸が苦しくなった。あやうく涙が出そうになる。とにかく、きちんと謝ろう、心を決めて振り返る。  そこで憤っているはずの早瀬は、長い身体を二つに折り、声を殺して爆笑していた。そして足をフラつかせながら近寄って来ると俺の背中をバシンと叩く。 「とか、言うと思った?思ってたんだよな?その表情(かお)。おまえ全然、俺の事分かってないのな」  波がやっと去ったと言うように息を整え背筋を伸ばす。 「考えすぎ」  怒った様子は微塵もない。そして頭に手を乗せられた。 「なあ、俺と二人で旅行いくのは嫌?」  打って変わって沈んだ声で、確かめるように早瀬が聞いてくる。  早瀬が俺を拒否することはあっても、俺が早瀬を拒否することなんて有り得ないんだから、そんな風に俺の返事に気を使う必要なんてないのに。俺がそうさせてしまっている。 「嫌じゃないよ」  嫌なんじゃない、怖いだけだ。  だけど、どうして早瀬はこんなに俺にこだわるんだろう。 「でも、どうせなら好きな人とか誘った方が良いんじゃないの」  そう、海に行く電車の途中で聞いた人、とか。 「俺は好きな奴を誘ってるよ?」 「そういう意味じゃなくて──」 「俺は朝比奈が好きだからお前と行きたいんだけど」  ……だから何で、そういう言い方をするんだよ。  純粋な好意が突き刺さるように痛い。  「分かった、じゃあ次は早瀬と二人で行くって約束する」  もう何回そうしたか分からない。俺は笑顔を貼り付けて、明るい声で早瀬に答えた。

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