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「んしょ…………あ、晴也!」 トコトコと小走りで俺のそばまでくる愛しい人 その手には買い物用に買ったカバンが握られていて、今から出かけることを悟った 「どこか行くのか?」 「うん、晩御飯の材料が明らかに足りなかったから…………今から買い物行ってくるね それで、今日唐揚げにしようと思って…………いい?」 「うん、ってか食べたかった」 『うん、知ってる この前テレビで言ってたもんね』 「…………覚えててくれたのか?」 「え?なにが?」 キョトンとした顔のまま見上げてくる顔に少し違和感を覚えるが、気の所為だろうと流す それより…………俺のつぶやきを覚えててくれたのか……と嬉しさが込上げる 数日前に見たテレビで唐揚げの作り方をやっている時に、俺は唐揚げ食べてぇな……と小さく呟いた そんな小さなつぶやきに気づいてくれた鈴が、食べたいの?と聞いてくれて、食いたい、と答えただけの小さなやり取り そんな小さなやり取りを覚えててくれるなんて、と胸がときめいてしまう 「ありがとな、鈴………… うん、お前の唐揚げ食いたい!」 「わかった」 ツン、と冷たく返された いつも通りのその冷たさに少し寂しさを覚えるが………………………… 『喜んでくれてるっぽい、良かった…… 早く買ってきて、早く作ってあげなきゃ』 「?そんな急がなくても、ゆっくり買ってくればいいぞ」 「……え?」 「……あ?」 聞こえた声に返答しただけなのに、鈴から帰ってきたのは戸惑うような視線だった …………俺、変な事言ったか? さっき感じた違和感がまたこみあげた そのまま2人して無言で固まっていると鈴が戸惑ったまま玄関へ向かった 「じ、じゃあ行ってきます……」 「ん、行ってらっしゃい」 笑顔で見送ると小さな声で、切なく声が呟かれた………… 『…………行ってきますのキス……最近してくれないな…………』 切ないように呟かれたその声に、胸が切なくなり体が考えるより先に動いた 鈴の後頭部に優しく手を回し、自分の方に引き寄せると その小さなポテッとしている唇を優しく啄む チュ……とリップ音を立てて唇を離すと顔を真っ赤にした鈴が俺を見つめていた その顔を見て、俺は何故か慌ててしまった 「ご、ごめん!鈴」 「……別に、大丈夫だよ?」 『嬉しい…………キス、してくれた』 小さく微笑む彼を見て、俺は小さく心の中でガッツポーズをした やってよかった……と心から思った 「じゃあ、行ってきます」 『次こそ、行ってこなきゃ………… でも、もう一回だけ………………』 「………………え?」 小さい声が聞こえたと思ったら、目の前には鈴のどアップが……………… 真っ赤な顔が離れていくのがスローモーションで見える 「い、行ってきます!」 「え、ちょ!鈴?!」 顔を真っ赤にしているであろう俺を置いて、鈴は逃げるように買い物に行った パタンとしまった玄関の扉を見つめながら、なんだったんだ…………とさっきの鈴を思い出す いつもキスしてほしい、とか嬉しい、とか素直に言うようなやつじゃない それはこの数ヶ月付き合う中でわかった だが、今日の鈴はどうだろうか………… 小さな声で嬉しい、して欲しい、と言ってくる それが嬉しい…………けれど、なにかが引っかかる なんで今日は…………素直なんだ………………? そこで俺はふとあることを思い出す

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