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六月十九日―教会①
深夜の教会には太宰と中也以外誰も居ない。遥か昔に管理する者が居なくなってからは荒廃の一途を辿る此の教会は幼い頃から二人だけの遊び場だった。此の場所は誰も知らない。
照明すら無い聖堂内に射し込む月明かりだけが、祭壇前の中也の姿を照らし上げた。
「此処からが手前にとっての地獄だぜ」
右手を差し出す中也。其の足元迄伸びる道は今迄流した血で染めたかの様に真っ赤だった。
左薬指に光るは、揃いの指輪。今年四月二十九日に中也が求婚の言葉と共に太宰へと贈った物。
一歩、亦一歩と脚を進める度に近付く決断の時。此処に辿り着く迄に、沢山の事があった。罵り合い、傷付け合い、其れでも寄り添って生きてきた四年間。別々の道を歩んだ四年間。
中也迄後一歩という処で太宰の足が止まる。其の一歩で、中也の手を取って仕舞えば、其れは二度と逃れる事が出来ないという事。
数時間前までならば、まだ――
思い悩み、脚が止まる太宰の視界を中也の陰が塞いだ。
「待って……」
「もう待たねェ」
待つには充分過ぎる時間が経って居た。
――病める時も、健やかなる時も
――手前だけを生涯愛し続ける事を俺は誓う
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