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支配者

「――さあ、これで綺麗に顔を拭こう。可哀想に、これじゃあ可愛い顔が台無しだ。誰がこんな酷いことを……」  そう言って男は不意に呟くと彼の側に立った。そして、濡れたタオルで彼の顔を拭こうとした。悠真はその言葉に息を呑んで凝視した。  何故なら自分がさっきしたことをまるで他人事のように話したからだ。そこに、マトモじゃないことが伺えた。そして、その壊れた人間の狂気を目のにしたのだった。 悠真は頭から血を流し、顔はシチューのスープで汚れていた。もはや抵抗すら出来ないほどの精神状態だった。  テーブルに頭を無理矢理叩きつけられて、頭がガンガンした。そんな傷ついた彼の姿を見ながら男は他人ごとのように接した。  仮面の男は悠真の顔を濡れたタオルで綺麗に拭いた。そして、そのタオルは血とスープの染みで汚れた。全身が痛みと疲労感で今にも倒れそうなほど、弱り始めた。極めつけは頭のイカれた男と一緒にいることだった。  悠真は体中が汚れた。そして、気力も既に体力も限界だった。なかなか終わらない『悪夢』に、このまま自分の頭がおかしくなれば楽だった。  もはや抵抗すら出来ないほど体が弱っていくと、悠真は仮面の男にされるがままだった。彼の汚れた顔を綺麗に拭くと、食事をしようと再び話した。そして、新しいお皿の上に温かいスープを注いだ。 「――さあ、スープを淹れ直したから食べなさい。今度はちゃんと食べてくれるよね?」  そう言って離れると汚れたテーブルの上に再びスープが入ったお皿を置いた。悠真はその言葉に息を呑んだ。そして、震える手でスプーンを手にした。  食べないとまた『同じ目』に遭う。それが彼の脳裏に過った。悠真はスプーンを手に持つとゴクンと息を呑んだのだった。目の前で食べることを要求されると、疲れきった表情でスプーンを手にして口に運んだ。  食欲がわいてこない状況の中で無理やりスープを口にした。だけどあの男が作った料理となると決して油断できない。スープを一口飲む事に確認せずにはいられなかった。 味は普通のスープだった。そして、何か混入してそうな気配はしなかった。悠真は黙ってスープを全部食べ終わると、そこで握っていたスプーンをカランとお皿の中に落とした。 「……気は済んだかよ? 俺を十分いたぶって満足しただろ。だったらいい加減、家に帰させろ!」 悠真はそう言って仮面の男に言い放った。すると男は一言ダメだと口にした。 「言っただろ。キミは私のカナリヤだって。ここはキミを閉じ込める檻だ。そして、キミは私だけの小鳥になるのだ。誰もいない2人だけの世界でキミだけを永遠に愛してあげるよ……」  仮面の男はそう言って答えると、食べ終わったお皿を片付け始めた。悠真は無言で睨みつけた。 「さてと、ようやく2人だけの世界になった所でキミには改めて話しておこう。私はキミの全てを支配できる。『支配者』といえば分かりやすいかな? だから無駄に抵抗とか私に噛みつくような真似はしないほうがキミの為だと言っておこう。その焼かれた背中の傷みたいに、また私に酷い事とをされたら嫌だろ?」 「っ……!」

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