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─輪─

 毎月送られてくる両親からの仕送り。1ヶ月、一人で生活するには充分の額だった。銀行のATMの前で振り込まれてる事にホッと安心する。別に生活するには何不自由もなかった。そして欲しい物が有る時にだけお金を使った。 自分は何不自由もない家庭で普通に育った。父は厳格な性格で頑固な人だった。母は大人しい性格で何でも父親の言うことを聞く人だった。自分にとって父は怖いというイメージが強かった。だからいつも心の何処かで怯えていた。 母は父に叱られる度に情けない声で『すみませんすみません』と繰り返し謝っていた。父は小さな事でも自分が気に食わない事があれば、母を直ぐに責め立てた。その時の母の表情は、いつも悲しそうだった。 父の前で丸まって謝る母の姿を戸の隙間から幼い頃の自分はよく見ていた。その姿を見るたびに、胸が痛かった。そしてこの人は何でこんな父親と結婚したのかと不思議でならなかった。  そんな厳格な父は優秀な外科医で、そんな事もあり。両親からは昔から『期待』されて育った。そして大人になったら安定した職について、安定した収入を得て何不自由もなく暮らす。そんな、在り来たりな未来像が自分の中にあった。  それに両親の口癖でもある。そして、幼い頃に自分が将来は何になりたいかとか考えているうちに。いつの間にか、両親の敷かれたレールの上に沿って人生を歩んでいた。それが俺、『天野慶(あまのけい)』と言う一人の人間だった。  

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