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―現在―(そして…)

大学の生命科学研究科に一人の若き青年がいた。彼はドビッシーの名曲『月の光』を聴きながら、研究室に籠って顕微鏡で人体の細胞遺伝子を観察していた。  外は冷たい雨が降っていた。誰もいない部屋はとても静かだった。窓辺に佇むと、両腕を組んで空を見上げて沈黙した。その後ろから小柄な青年が然り気無く彼に抱きついてきた。 「こんな所に居たんですか? 僕探しましたよ。フフフッ、こんな遅い時間まで一人で研究だなんて。教授はいつだって研究熱心なんですね。憧れます……」 「私はここの遺伝子学の第一人者だからね。研究こそが、人体の神秘の謎を紐解く鍵だと思ってるよ。広瀬君こそこんな遅くまで何をしてるんだ。はやく帰らなくていいのかい?」 「こうでもしないと、教授は僕に振り向いてくれ無いじゃないですか? 教授の仕事が終わるまで休憩室でずっと一人で待っていたんです。でも、なかなか来ないから、研究室まで様子を見に来ました」 「それは有難いね。でも、まだ時間がかかりそうだから先に帰るといいよ」 「じゃあ、教授が研究を終えるまで此処で待ってます。いいですよね?」 「――部屋に鍵を掛けて何を期待してるんだい?」 「フフフ。バレちゃいましたか?」 「キミは悪い子だな。そんな悪い教え子が、私の研究室に居たとはな……」 広瀬と呼ばれる眼鏡を掛けた黒髪の青年は、教授と呼ばれる彼に怪しく抱きつくと、後ろから然り気無く彼の胸元のネクタイを緩めて外した。 銀髪の長髪を一本の黒いリボンで縛り、白衣姿が似合う凛々しい顔立ちをした彼は、綺麗な色白の肌で珍しい赤い瞳をしていた。そしてどこか妖艶でミステリアスな雰囲気を放っていた。その吸い込まれそうな怪しげな瞳で見つめられると、広瀬は恍惚した表情で彼にジッと見とれた。  

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