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ツワブキさんの本能⑥
「まぁお持ち帰りされかけたからな。」
星野は詳細を話すことをやめた。
(いくらヘタレな松田 でもこんな話したら月曜日の朝から警察沙汰になるかもしれん。)
智裕は頭の上にハテナを浮かべたが、それよりも拓海が子供のように泣きじゃくっている姿に、キュンとしてしまう。
「お前の貧弱な身体でも背負うくらいはできるだろ?」
「ほっしゃんからしたら全校生徒の男みんな貧弱だよ。出来るっつの!なんなら姫抱っこだってしてやろーか⁉︎」
「やめとけ。石蕗先生、意外と筋肉あるぞ。」
星野の忠告を素直に受け入れて智裕は拓海を背負った。
意外とずっしりする拓海の身体に驚くが、それ以上に寂しく感じたのはいつものような柔らかい香りが酒で消されてしまっていた。
「やっと就職出来て、子供を1人で育てて…ずっと気ぃ張ってんだろうな、石蕗先生。」
「ほっしゃんが24歳の時って何してた?」
「アメフト辞めて大学院行ってたけど、まぁ就職浪人だったしな…今のお前らと変わんねーよ。」
「そんなもんなんだ。」
「俺はまだ人の親にもなったことねーし、家族すら守れなかったしな。俺らなんかよりすげー男だよこの人は。」
星野はどこか遠くを見るように智裕に話す。
スースーと寝息のようなものが智裕に聞こえ、星野は拓海の方を見ながらフッと笑う。
「だけど、やっぱりどこかで気を緩める場所が必要なんだよ人間はな。それがこの人にとっては松田 なのかもしれねーな。」
「俺、っすか?」
「運んでる時とかタクシーの中でもずっとお前の名前呼びながら泣いてさ、今は安心しきって寝ちゃってんだもん。子供の母親への反応と一緒だよこれ。」
智裕は「母親」という言葉に引っかかりはするが、星野に褒められている気がして少し照れた。
エレベーターに乗って降りて10階の石蕗家の前まで着いたら星野は鍵とドアを開け、照明をつけた。
「おい、これなんだ?」
「あー、それうちのオフクロが水とか薬入れて。」
「ふーん…感心だな、ちゃんと対策している。」
「ーーーーーーっ!」
智裕は叫びそうになったが咄嗟にTPOを考えて声を飲み込んだ。
そのかわり再び口が魚のようにパクパク動く。星野の手にはギラギラ輝く箱。
「ま、ほどほどにな。俺は帰るぞー。あと頼んだー。」
「あ、あざーす……さよーならー……。」
星野は拓海の荷物を置くと、とっとと去って行った。
智裕はその背中に会釈をして家の中に入った。
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