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マツダくんの傷痕③

 松田は小3からずっと野球をしてて、リトルリーグ時代からこの辺じゃ有名な左腕(サウスポー)のピッチャーだったらしいです。  中学校からは硬式野球チームに所属して全国制覇やU-15の日本代表にも選ばれて、うちの高校には推薦で入学しました。  1年の夏の大会から松田は1年から唯一レギュラーに選ばれて、しかもエースナンバーを背負いました。勿論それは松田の実力です。  だが、県大会の決勝前日、決勝で登板予定の松田を、ベンチ入り出来なかった当時の3年生が呼び出したようです。  松田はそこで集団暴行の被害に遭いました。  そして命と同等だった左腕を壊されました。  夏休み中はずっと入院し、退院してからはスポーツ医療専門の病院でリハビリを続けましたが、治る気配が全くないどころか、キャッチボールのコントロールさえままならない状態でした。  周囲からの期待が大きかった分、失望はその倍。    公立としては割と強かった硬式野球部も無期限活動休止に追い込まれて、被害者の松田を責める声も少なくありませんでした。  なにより野球に全てを注いできた松田は、これからの将来を16歳で見失いました。

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