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マツダトモヒロの進化

 赤松直能の最終打席を見届けるパブリックビューイング会場の第四高校の体育館はどよめいた。  カウントは2-2と追い込んでいる状況で、放たれた松田の投球。一見、打者の内角を狙ったストレートかと誰もが思っていた。 『空振り三振!またも得点は出ませんでした聖斎高校。しかし、今松田が投げたのは…スライダーでしょうか?』 『恐らくこれは“フロントドア”と呼ばれている、ツーシームのシュート、もしくはスライダーでしょう。メジャーリーグでも投げられる人は少ないですし、かなりの高等テクニックを要する球種です。まさか高校野球で見ることになるとは……。』  直能を沈めた智裕が()えた。その瞬間が何度も違う角度からリプレイされる。 「おいおい、あのバカ…怖ぇな。」  後ろの方で腕を組んでずっと見守っていた裕紀(ヒロキ)は冷や汗が流れた。  2年5組は一際(ひときわ)、感嘆と歓喜の声を上げる。 「松田くん!やばい!何あれ!」 「人間の所業じゃねーぞ!」 「あれ松田なの⁉︎」  画面にはもう一度、その“魔球(フロントドア)”がスローで再生される。実況と解説者は何度も驚いている。  裕紀はその映像を目を凝らしてよく見る。何度見てもあの智裕(ヘタレ)がやったとは信じられない人間離れの所業(ワザ)だった。 「あ、あの……星野(ほしの)先生…。」  いつの間にか隣に立っていた拓海が裕紀の腕を指でツンツンと突きながら訊ねた。 「あの…今の、と…松田くんのボールってそんなに凄いんですか?」 「あー…俺も詳細はわかりませんが“フロントドア”っていう…わかり易く言えば魔球ですね。真っ直ぐ来たかと思った球が、打者の手元で急に曲がって落ちて。だから真っ直ぐかと思ってバットを振っていると、狙いが外れて空振りしてしまうんです。」 「魔球……ですか。」 「……怪我して、競技復帰から2ヶ月も満たない、なのにあんな球種を習得する……間違いなく天才、ですね。」 (天才……そんな人が…俺なんかの……。) 「凄い…かっこいい……。」  頬を赤らめて画面を見つめる拓海を、裕紀は小さく微笑んで見つめた。 『さぁ、第四高校の攻撃は最終回です。聖斎はピッチャー交替のようです。』  聖斎学園のベンチでは、守備についてない部員が抑えで登板したピッチャーにエールを送る。  その後ろで観客からは見えないように直能は項垂れており、交替していた島田が直能の右腕をアイシングする。 「タカ、また学校戻ったらトレーナーさんにしっかりケアしてもらおうな。神経削って、厳しい球ばかり、よく頑張ったよ。」 「どこかに……聖斎学園だ、という…慢心があったのかもしれないな………全く手も足も出なかったよ。」 「タカ…お前は充分すげーよ。悔いはないか?」 「ああ……笑って、直倫たちを送り出そう。」  直能の笑顔は下を向いていながらも眩しく輝くようだった。

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