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激闘の日【6回攻守交代】

「県大会の時は、笑ってましたよね…智裕くん。」  テレビを見つめながら拓海はポツリと声に出してしまった。  それに対して松田母は「そうね。」と困ったように笑って答えた。 「あれだろ、“甲子園の魔物”とかいうやつなんじゃねーのか?」 「あー、漫画とかドラマでもよく見るやつだよな。」  茉莉がすぐ隣の和室で眠ってしまっていたので、智之も声を抑えて話した。  母はいそいそと夕飯の準備を始めた。拓海はテレビから目を離せないでいた。 「あの馬橋の松田ってチビは、智裕のことよく面倒見てくれてたんだよ。」  松田父が別のフォトアルバムを開くと、日本代表のユニフォームを着た智裕と八良が肩を組んでピースをしている写真が入っていた。 「智裕もこの松田くんも、同じ境遇だったんだと。中1から日本代表に選ばれて、周りは3年ばっかでチームに馴染めなくて…それで智裕のことを気にかけてくれてたみたいでな、国際試合から帰国してから数日、ずっと松田くんの話ばかりしてたよ。楽しそうにな。」  父の顔は懐かしそうに、愛おしそうに、回顧する顔だった。  その話に拓海は胸が締め付けられた。 (どうしよう…俺、何も…言えない……ただ、苦しそうな、険しい智裕くんを見るのが、自分が辛いだけだ…。) 「あの、智裕くんは…その大阪の松田くんのことを…。」 「高校決めるときに、最後まで四高に行くか馬橋に行くか悩んだくらいには慕っていたな。野球に関して、松田くんは智裕にとっての憧れっつーか、ヒーロー像なのかもな。」 「とーちゃん、でもその松田八良の方が先にくたばっちまったんだぜ?見てよ、にーちゃん続投だって。」  智之が指した方を見ると、マウンドに上がる智裕が帽子をかぶり直していた。  その目は、まだ鋭く、バッターボックスを見据えていた。しかしその表情に、拓海は背筋が凍った。 (あれ…?あれが、智裕、くん?)  いつも「拓海さん」と呼ぶ優しい、ヘタレで、よく笑って、よく泣いて、抱きしめてくれる温かな智裕の片鱗すら、テレビに映る「松田智裕」から感じることは出来なかった。

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