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激闘の日【エース崩壊】⑤

「あ…っ!」  松田家で見ていた全員は思わず前のめりになった。  いつもは呑気に飄々(ひょうひょう)と構えている両親も顔をしかめた。智之は立ち上がってテレビの目の前に座った。 『ちょっと今、第四高校のベンチで……降板した松田が倒れたようです。今ベンチの部員と監督…裏からマネージャーも出てきましたね。声をかけています。ベンチに手をついてグッタリしている様子です。』 『熱中症や脱水症状ですと早急に手当てが必要ですね。ちょっと…これは……嘔吐しているようにも見えますが……。』 『あ、今係員が出てきました。何か、叫び声が聞こえますが……松田でしょうか。』 『恐らく作戦外の降板が相当悔しかったんでしょうね。先ほどの馬橋の松田選手同様、相当なプレッシャーを背負っていたことは間違いありませんから。』 『そうですね。今大会、目玉になっていると言っても過言でないカードですから……あ、どうやら、自力で歩けるようですが、係員に抱えられてベンチ裏に下がりました。場内も騒然としておりますが、グラウンドにいる選手たちは冷静です。登板した桑原、今中のバッテリーも準備万端という状態です。』 「とーちゃん、にーちゃん…大丈夫かな。」 「ちょっと……これって……。」 「やべーな…帰ってきたら荒れるかもなー。」  父が不安そうな声でそう言うと、母は立ち上がりながらため息を吐く。 「またあんな面倒臭い……仕方ないわね…。」 「やだよ、あのにーちゃんクッソ怖いんだもん。殺し屋みてぇな顔するし。」 「ちょっとの辛抱よ。それだけお兄ちゃんは追い詰められていたってことなんだから。」 「うえー。なぁとーちゃーん、俺やだよ、あんなにーちゃん。」 「仕方ねぇだろ、放っておくのがいいんだよ。俺たちがアイツのために出来る事は何もない、普通にいつも通りに接して時間が経つのを待つしかあるめぇ。」  そう智之に言い聞かせた父は缶ビールのプルタブを上げた。説き伏せられた智之は「ぶー」と口を尖らせた。

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