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激闘の日【エース崩壊】⑥
少しの動揺、でも直ぐにいつもの平静。家族は何度も経験しているのだろうとわかる。
だけど、拓海は震えが止まらなかった。平静になんてなれなかった。
「あ、あの……お、お手洗いお借りします…。」
拓海はそう言って離席すると、トイレに入る。
その途端に膝から崩れて、両手で口を塞いだ。
「智裕くん!智裕くん!智裕くん!」と何度も叫びそうになったが声を殺して泣いた。ギリギリと奥歯を痛いほど噛み締めて泣いた。声が漏れないように、口を塞いだ。
(やだ、やだ…智裕くん!いやだ!どうして…どうして俺は何も出来ないの?智裕くん!)
_拓海さん
拓海の頭の中にある智裕の声は全部優しい。あんなにも笑わない、目を逸らしたくなるほどの苦痛を、拓海は知らない。
大切な人が、大好きな人が、愛している人が、あんな風になっているのに、何も出来ない自分に不甲斐無さを覚えた。
「うぅ……あ、あぅ……も、ひ、ろ…く……うぅ…。」
(涙とまれよ。1番苦しいのは、智裕くんなのに…悔しいのは、痛いのは、智裕くんなのに、俺が泣いちゃダメなのに……。)
(ああ、俺、本当に智裕くんのこと、何にも知らない。)
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