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ノムラくんの警告⑦
「ま、でもスコアラーくんは賢明な判断やで。」
「…そんな慰め要らないですよ。」
「いや、マジや。3年前、オーストラリアとの親善試合のときとおんなじや。」
「は?」
金子は少し上を向いて回顧しながらゆっくりと話し出す。
「3年前、俺が主将 になっての初陣や。先発がまっつんやったんやけど、まさかの大乱調。4回、60球、5失点で降板。先輩ら押しのけてメンバー入りしたんに…ってやっかみもあって、今日とおんなじことになった。ストレスや重圧からのパニック、過呼吸、嘔吐、脱水症状のフルコンボ。大変やったんはその後。」
チュパ、とチューペットの殻を口から離して、また遠くを見ながらため息を吐いた。
「帰国するまで飯も食わん、ずっと泣く、まともに会話でけへん、歩くんがやっと…。」
「本当に今の松田くんじゃないですか。」
「せや。ハチローと中川も目の当たりにしとるから今日はせめて寿司1貫くらい食わせたろって引っ張り出したんや。ま、サーモン食べただけあん時よりマシやな。」
「そうなんですね……。」
「空港に迎えにきた家族も大変そうやったから俺も京都帰る前にまっつんチに泊まったわ。2、3日あとで元に戻ってケロっとしてチームに合流した。二重人格か!って思ぉたわ。」
多分、四高の誰もが知らない智裕の過去に野村は触れてしまったようで、心臓が痛くなった。
「年上の彼女かぁ…さしずめ『私が智裕を慰めなきゃ♡』とか言われとったとこやろ。やめとけやめとけ。」
「……だからやめさせましたって。」
「恋人やろーが家族やろーが、軽い気持ちで今の松田 に触れたら、傷付いてまうわ。自分じゃ何も出来ひん、何をしてもあかん、って自己嫌悪でな。」
野村が推測で懸念していたことの答え合わせを金子がしてくれた。
野村が追い詰めたような表情をしていることに気がついた金子は、野村の腕を引っ張り上げて無理やりに立たせた。
「アホどもが新喜劇始めるから、笑ったろーや。」
「……そんな気分になれると思いますか?」
「させたるわボケ。それに、君んトコの可愛い女マネちゃんに心配かけたらあかんで。」
「……部長さんって性格悪いですよね。」
「性格良かったら馬橋 のキャプテンマークは着けられへんよ。」
にこりと笑う金子の目は笑っていなかった気がした。
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