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屈辱のエース⑥
消灯時間になって、直倫はもうすぐ眠ろうとしていた。
しかし、反対側のベッドから嗚咽が聞こえてきたので、そちらに体を向ける。
暗闇の中でもわかった智裕の影。上半身を起こして俯いていた。
「松田先輩?」
直倫は自分のベッドを降りて、智裕のベッドに腰をかけた。智裕は左腕を右手で押さえている。
「赤松……どうしよう……左手、力入んねぇ……。」
「……今日1日で体力も神経も削られてますから、その影響だと思うのであまり考えすぎないでください。」
「………こんなに動かなくてさ、震えるとさ…思い出しちまうよな、どうしても。」
その思い出すこと、直倫は察した。
「赤松、もう左手が動かない俺なんて…意味ないよな。」
智裕が自嘲する。
「松田先輩。」
「だって、俺右投げヘボいし、左腕じゃなきゃこんなとこまで来れなかった。打撃もその辺の奴の方が上手いし足だって速くない。俺に期待されているのはこの腕だけなんだ。」
「先輩!」
「だってそうだろ⁉︎だから俺はみんなの何十倍も頑張らないと!左腕がなくなったら必要とされねーんだよ!その左腕を生かすためにも、もっと、もっと頑張らなきゃいけないのに!心も強くなきゃいけないのに!」
「いい加減にしろよ!」
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