604 / 1000
屈辱のエース⑦
直倫は声を荒げて、智裕をベッドの上に組み敷いた。智裕は目を見開いて泣いていた。
「俺なんか……マウンドの…俺じゃなきゃ……お前だって…そうだろ?」
「俺が憧れたのはマウンドに堂々と立つ松田智裕だよ!でもわかったんじゃねーの?俺なんかより、誰よりもあんたが1番わかったんだろ?もっと上に行くためには、物理的な努力は通用しないって!もっと上に行くんなら、マウンド降りても堂々としてろよ!」
ボタボタと、智裕の顔に水滴が落ちる。それは直倫の温かく悲しいもの。
「あんたの姿にどれだけの人間が動かされたと思う?俺だけじゃねーよ。清田先輩は内野からキャッチャーにこの短期間で転向してあんたをずっと支えた。野村先輩だって野球から離れていたのに、あんたを支えるためにまた戻ってきた。他の先輩たちだってそうだ。エースを、あんたを守るために、必死で怪物に食らいついたんだよ!あんたがそんなんじゃ、俺たちが報われねーんだよ!バカか!」
「…あ、か…まつ…。」
「俺の…ヒーローを…否定しないでくれよ……あんたは……松田智裕は王者なんだよ!」
智裕の上で直倫は泣き崩れた。智裕の左耳に直倫の悲痛な声が響く。
「こんな俺でも……王者、なのか?」
「殴るぞ…いい加減……こんな、じゃねぇ……から…。」
「俺は……王者、なんだ…。」
(俺は、もう追いかける立場じゃない、ということか。)
智裕はまた涙を流し、右手で直倫を抱き寄せた。
「赤松……俺は、もう…王者なんだよな……。」
「そうだよ……松田智裕は、もう、誰にも負けない……俺のヒーローだ……。」
「…ありがと……赤松、お前は……俺についてこい…いいな?」
「……どこまでも、ついて行きます。」
ともだちにシェアしよう!