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ただいま、ツワブキさん⑥

(俺はマウンドでは孤独だ。18m先に清田が見えても、下を向けば何も見えない。先を見据えても俺に敵意を向ける人がいる。俺は世界で1人だけだと思う。音も聞こえない、後ろも見えない、誰も信じられない……闇の中でただただ(もが)いている。そこに光なんて、マウンドから降りるまで見えない。)  智裕は左手で拓海の温もりを握りしめる。 (覚えておきたい、この体温を……マウンドを降りたら、愛しいこの人が存在していることを、覚えておきたい。) 「ありがとう……拓海………。」 (あんなに動かなかった……。) 「見て、拓海……俺の左手……。」  智裕は拓海の右手をさすってみたり、自在に操る。そして拓海の右手にキスをお返しする。 「俺にとって、左腕は命と同じ……。」  チュッ 「さっきまで動かせなかったのに、拓海に触ってから動くようになったよ…。」  チュッ 「拓海は、俺の命を救ってくれた………ありがと……ありがとう……。」  智裕は拓海の肩に顔を埋めて、嗚咽(おえつ)を殺して泣いた。  そんな智裕の頭を拓海は愛おしく抱き締めた。

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