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動き出す夏の恋(16)
ポツンと置いていかれた2人は、お互いなんとなく意識して無言が続く。
そして5人の意図を汲んだ野村は、ギュッと拳を握って、声を出した。
「増田さん、ちょっと歩こうか。」
その誘いに、増田は驚くが、4秒考えて頷いた。
2人は駅から少し外れた遊歩道を歩いた。そこでは日の入りに合わせるかのようにストリートミュージシャンがギターの語り弾きでサム・スミスの「Stay With Me」を演奏している。
「……増田さんさ、どうだった?」
「え?」
「この夏、つらくなかった?」
「えっと……楽しかったよ。馬橋との対戦はちょっと…怖くて震えたけど…野村くんや監督が先を見据えていてくれたお陰でなんとかやれたし…。」
「そっか…なら良かった。」
少しだけ風に吹かれて振り返る野村の表情に、増田は緊張と鼓動が高まる。
「本当に…悔しかったし……もう一度行きたいよな…。」
「……あのね、野村くん、ありがとう。」
増田は野村に一歩近寄った。その一歩の接近にも大きな勇気を振り絞った。
「あんなに、熱くて、一生懸命で…素敵な場所に連れて行ってくれて、ありがとう。」
「……俺が連れてったわけじゃないけどね。」
「ううん…野村くんが頑張ったから、野村くんが凄かったから、行けたんだよ、甲子園に。」
そっと手を差し出して、その手で野村の手を握った。
「私も、もっと、もっと頑張る!もっと勉強して、野村くんの力になる!だから、春、絶対に行こうね!」
増田の力強い言葉と、瞳に野村は魅せられ、引き寄せられて、触れるだけのキスをした。
「ありがとう……琉璃 ちゃん……。」
「……うん……克樹 、くん……。」
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