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ホシノ先生の声③

 ――教室に歌声が響く。  いつもの気怠そうな喋り方からは想像出来ない、低すぎないテノールの音で甘い声で、流暢に英語歌詞を紡ぐ。  からかってやろうと構えていたヤジ部隊も息をのんで黙ってしまった。  女子は口を押さえたり、心臓部を押さえたりしてウットリしている。  そしてこの空間で誰よりも放心してしまっているのは一起だった。  サビを歌い終えたところで裕紀は演奏をやめた。  ため息を吐いて顔を上げると、生徒が全員固まっていたのでその光景にギョッとする。 「いや、お前らがやれっつったんだろ。何黙ってんだよ。」 「……………嘘だろほっしゃん!嘘だと言えほっしゃん!」 「はぁ⁉︎」 「ガチムチのくせに何でそんな歌うめぇんだよ!」 「ガチムチ関係ねぇだろ!」 「俺たちからまた女子をかっさらっていくんだろ!」 「知るか!」 「つーか今の曲なに?英語だったし。」 「お前らoasis(オアシス)知らねーのかよ……ったく最近のガキは。」 「あとでダウンロードするから曲名教えてー。」  全員がワイワイと裕紀を囲みながら騒ぐ。  一起だけはその輪に入れず後ろで(たたず)んでいた。 「oasisの“wonderwall(ワンダーウォール)”って曲だ。有名だろ。」  洋楽にとんと(うと)い生徒たちは首をかしげた。  若月は裕紀の足元で土下座をした。 「ほっしゃん!まじで頼む!文化祭俺らのバンドで歌って!ボーカルやって!5曲プラスアンコール!お願いお願い!マジで一生のお願い!」  裕紀の歌声にすっかり魅了された若月は本気だった。「お願いしますー!」と泣きながら裕紀の足に抱きついた。  あまりのウザさとしつこさに、10分ほど攻防した末に裕紀が降参した。 「わかった!わかったから!やりゃーいいんだろ!」  若月は「ほっしゃん最高!」と逞しいガチムチに抱きつき、万歳三唱がおこった。  戸惑う一起に、裕紀はクラス中の勢いに気圧されて気がつかなかった。

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