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またも忍び寄る影
結局、晃と会えずじまいで智裕は関本監督に言われて記者たちを回避しつつ球場をあとにしようとした。
ドンッ
誰かと肩がぶつかった。そしてその拍子に相手は手に持っていた荷物を床にぶちまけてしまったようだ。
「あ!ごめんなさい!」
智裕はすぐにしゃがんで拾う。
「いや、僕の方こそすんません……。」
淡々とした関西訛りの声。智裕はプリントを集めてその人に渡した。
「はい。」
「あー、ありがとうございます……。」
その人はスラリとした細い男性で、U-18チームのスタッフ用ジャンバーを着て首からパスを提げている。どうやらスタッフの人らしい。
(うわっ!え、めっちゃ美人!……でも男、だよな?)
色素の薄い細くて柔らかそうな髪を耳にかける仕草がどうも色っぽいが、立ち上がると智裕より少し低いくらいの背丈だった。
「君は、明日先発の松田くんか。」
少しだけ智裕を見上げるその目は、宮西といい勝負なくらい死んだ魚のようだった。だが小顔で色白で美人。
「は、はい……あの、スタッフの方、ですか?」
強化練習から支えてくれる裏方さんとは殆 ど接したり挨拶をしているつもりだったのに、こんな印象に残りそうな美人な男性は初めて見る顔だった。
「あー…僕はカシオペアの広報です。試合の時だけおる感じやから、まぁ取材の際は協力してください。」
カシオペアとは今回智裕たちのチームのスポンサーになってる大手スポーツメーカーの名前だった。
智裕はそれを知ると「よろしくお願いします。」と律儀に頭を下げた。
(なーんか…初めて会った気がしないんだよなぁ…?どっかで会ってんのかなぁ?)
「じゃ、また。」
無気力な男性は会釈をして智裕が進む方向とは反対に歩き始めた。すると慌てた様子の裏方さんが男性に呼びかけた。
「あ!ツワブキ主任!早く来てくださいよー!」
「おー…すまんな。」
(ツワブキ?…拓海さんと同じ苗字かぁ……結構珍しい苗字なのにいるんだな、こんな身近に。)
「ツワブキさん、さっきの東の松田ですか?」
「ああ…そうみたいやな。今日ベンチ入りせぇへんかったん彼だけやし。」
「ツワブキ」と呼ばれた男性はなんとなく、智裕が去っていった方向を見据えた。
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