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マツダトモヒロという存在⑥

(と、智裕くんだ!こんなに、近い…!)  拓海はすぐ近くにいる智裕の姿に胸を高鳴らせた。 「拓海、お前の付き()うとる『トモヒロくん』て、松田智裕やろ。」    いつの間にか拓海の隣に座りカメラをグラウンドに向けながら郁海が冷たく言い放った。  兄の冷たい声に違う緊張が拓海に走る。 「……え?」 「せやろ。お前運動オンチやったし野球も興味ないやん。そんな奴がこーんなマイナーな試合わざわざ観に来とる…昨日はおらんやったし……いくら学校の生徒やゆーても、普通の養護教諭はここまで来んやろ。一応お前は学校の先生で松田智裕は生徒なんに、ええの?」  全く拓海の方を見ずに仕事をしながら淡々と言葉を吐き出す郁海の姿は恐怖だった。 「あの……にぃちゃん…。」 「ま、お前がホモやろうが別に俺はどうも思わへん。ただ、相手が悪すぎるわ。」  郁海が撮った写真は智裕がブルペンで投げている姿。  その智裕の目は拓海が間近では一度も見たことのない闘志が(たぎ)っている。 「こんなご時世や、ホモやなんやマスコミの恰好のになるだけ。そんで松田智裕だけやない、お前と茉莉も好奇の目に(さら)されてまうんやで。色恋で松田智裕の将来をぶっ潰してええのか、もういっぺん考えや。」 「にぃちゃん……。」 「お前、松田智裕の登板、見るん初めてか?」 「う……うん……。」 「ならよぉ目に焼き付けとき。お前が惚れた男には約束された未来があんねん。それが分かるやろ。」  そう言われて拓海は目線を再び智裕の方に向けた。  ある程度投げ終えた智裕の隣には智裕より少し背の高い同じような体格をした男性、由比壮亮がいた。2人とも真剣な目線を交えて2人だけの世界を作っていた。 「智裕くん……。」  智裕にはきっと、拓海は見えていない。そう思うと拓海の胸は張り裂けそうに痛くなった。

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