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旅の前の日⑩

 5限目は科学だったが、担当教諭が不在ということで自習になった。科学室にて出された課題プリントを教科書を見ながらワイワイ言いながら解いていく。 「あ……。」 「ん、どしたの、委員長。」 「消しゴム、新しいの教室に置きっぱだった。ちょっと取ってくる。」  一起は忘れ物を取りに科学室を出て2年5組の教室に向かう。誰もいない廊下がやたら違和感で早足になる。  もちろん、教室にも誰もいないと思って無遠慮に入ると、そこには人がいた。 「あ…。」 「ん?……あぁ、江川。」    今の一起が1番嫌なシチュエーションだった。静寂な空間に、クラス担任と2人きり。 「今授業中だろ、珍しいな、お前がサボりなんてさ。」 「いや…忘れもの取りきただけです……。」  なんとなく気まずくて、一起はあからさまに目を合わせずに教室に入ると自分の席に向かってさっさと用事を済ませる。 「…一起。」  いつの間にか裕紀は一起の後ろに回っていて、一起は少しだけ強く抱きしめられた。 「何ですか。」 「んー…何となく。」 「ここ、学校ですよ。」 「誰もいねぇし、いいじゃん。」 「よくない!」  いつもの冗談めいた怒鳴り声ではなかった。  思い切り裕紀の逞しい腕から抜け出して、真っ赤になった顔を下に向ける。  でもこれは逆効果だった。涙が、こぼれる。 「大阪行った日から…なんか、全然…違う……。」 「何が。」 「だって…あの前まで、ウザいくらいメッセージ送って家に呼び出したりさ、みんながいても俺に触ってきたりさ、そういうの…ウザかったけど、ちょっと…安心してたのに…。」  怖くてもちゃんと逃げずに伝えたくて、グッと引き締めて涙を流しながら裕紀に訴える。 「先生は、大人だし、結婚してるし、俺なんか遊び相手とか、からかうオモチャとか、そんな感覚かもしれないし、けど……けど俺は……俺はぁ……ちゃんと、好き、だから……わかんないよ…。」  ギュッと目をつぶって、顔をしかめて。 「わかんねぇよ!」  その叫びが何よりも裕紀の心に重く刺さった。

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