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旅の前の日(11)
放課後、拓海は職員室から保健室に戻る道中だった。生徒の昇降口を横切る時に、愛しい恋人の姿を見かけた。
今日はまだ一度も会えてない。いつもなら放課後か昼休みにやって来て、拓海の希望を叶えてくれるのだが。
拓海は「智裕くん」もしくは「松田くん」と声をかけようとした。
「いやぁ、マージで助かったわ。マジでサンキューすぎるわ、井川。」
「ううん、松田くんもちゃんとわかってたから。私は何も…。」
「そんなことないって!俺1人だとマジで明日ほっしゃんのゲンコツ食らってたし。」
智裕の隣にいるのは、智裕とは30cmほど身長差のあるだろう二つ結びの女子生徒。
2人の雰囲気は友人なのだろうが、なんだか高校生らしい爽やかな。それが拓海の胸をざわつかせる。
「京都の自由行動の時になんかおごるわ。今金欠、ごめん。」
「そんな、気遣わなくていいよ。松田くんだって大変なんだし、その、友達として当然のことしただけだよ。」
「そうやって俺を労ってくれるのは井川だけだよぉ。」
そう言って眉を下げて井川の頭を撫でる智裕。井川は少し俯いて、本当に嬉しそうに笑う。
(智裕くん……。)
心の中で泣き叫ぶ。グッとこらえて智裕たちに見つからないように立ち去った。
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