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ep.2 『眩しい季節』
蝉の声が一段と騒がしい昼下がり。
一人暮らしの学生が住むのに最適な1Kアパートで、
僕は今日も二人分の麦茶を、氷の量がちゃんと均等になるよう熱心に配分していた。
「なぁ~、暑っちぃよ若波ちゃん。
この部屋クーラーあるじゃん。入れようぜ~!」
「扇風機で十分だから使ってないんだけど、そんなに暑い?」
「暑いです!」
「涼しい方がいい?」
「涼しい方がいいです!」
「そうか……わかった」
「やった!」
「それじゃ、ちょっと忙しくなるな」
「へ?」
「フィルター掃除からだ」
「………」
――蝉の声より騒がしい夏が始まった。
あの夜、あのまま家に来て以来、夏来はしょっちゅうここに入り浸るようになった。
そして気付けばいつの間にか、
当然のように毎日この部屋へ帰って来るようになっていた。
「(これってもう、一緒に住んでるのかな…?
それともただの長期滞在?)」
エアコンを見上げる夏来の顔を覗き込んでみる。
「あ~、とりあえず一旦麦茶でもどうよ?」
「(わがもの顔だ。
これはもう絵にかいたようなわがもの顔だ)」
きっかり均等になるように注いだ僕の“作品”を、
自分が勧めるような言い方でそれぞれの前に置いて、トレーを適当に放り出すと、
誤魔化し笑いをいっぱいに浮かべた顔でゴクゴクとそれを飲み干した。
…まったくもぅ。
夏来と出会って、色んな事が少しずつ変わり始めている。
まず、人の目を見て話すようになった。
夏来の瞳に魅了されて以来、他人の瞳を見ることに興味を覚えたのだ。
あんなに綺麗なのは他に見つけられる気がしないけれど、
ちゃんと見てみると、人間の目というものは皆なかなかに綺麗なものだった。
そんなことをしているうちに、
いつの間にか他人との会話がそれまでよりも自然になってきたようだった。
それから、苦手だった季節が好きになった。
僕は夏が嫌いだったけれど、
この眩しい季節があまりによく似合う夏来を見ていたら、
…なんだか、この夏が彼を僕のところへ運んできてくれたような気がして。
無駄に明るいばかりで煩わしいと思っていた季節は、
たったこれだけの間で、僕にとって一番愛おしい季節へと変わってしまった。
こんな調子で、
本当に夏来という奴は、毎日僕に確実な変化をもたらしてくる。
そして今日は――
「ひゃ~、涼しー!
やぁっと生き返ったぜ。ほら、入れてよかったろ!? なっ!」
――クーラーが入った。
◆◇◆◇◆
「お疲れ様です。お先に失礼します」
「お疲れさま~」
大学が夏期休講に入ると、
僕も夏来もほぼ家とバイト先の往復という生活スタイルになっていた。
休みが重なれば一日一緒に居たりすることもあるけれど、
僕とは違って社交的な夏来は基本的には遊びまわっているので、
同じ家に住んでいても、そんなに毎日同じ時間を過ごせるわけでもない。
でもそれで十分だった。
おばちゃんだらけの職場を挨拶もそこそこに飛び出して、
今日もあの部屋へ帰る。
今日は僕が早上がりなので、先に着いて夏来の帰りを待つことになるだろう。
簡単なものになるけれど、夕飯を作っておこうかな?
そういえば冷蔵庫にカボチャが残っていた。
サラダにするために買ったやつだけど、煮つけにしてみたらどうだろう?
今まで夏来には洋食系しか作ってやったことがなかったから、
珍しく和食を仕込んで待っていたらびっくりするかも。
リアクションを想像してちょっとウキウキしながら、
軽い足取りで家路を急ぐ。
「おかえり~。早かったな」
と思ったらもう居た。
「なんでだよ」
「!?」
思わず毒づいてしまえば、
夏来は目に浮かぶような「?」マークをしっかりと頭の上に乗せ、
僕のことを見つめつつもテレビの続きも気になるようで、
黒目だけ右へ左へカチカチ動かしながら困っていた。
そんな様子を見ていたら、堪らず笑ってしまう。
「???」
「ただいま。カボチャサラダ作るから手伝って」
「?
お、おう」
こんな日常が当たり前になっていくことが、
とても幸せで、
まだ何となくくすぐったくて、
ずっとずっと大事にしていきたいと思っていた。
けれど僕達は、あまりにも曖昧な関係だから………
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