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第3話
「じゃあ、いってくるね」
玄関で靴を履いた啓吾さんは、振り返りながら言う。
今日の服装はとってもカジュアルで……やっぱり用事って、仕事ではなかったんだなあ……と、ちくちくと心が痛む。
きっと今日もあの綺麗な人に会うのだろう。
でもね。
でもこれが、最後になるから……
「いってらっしゃい!」
もしも……それは本当にもしものことなんだけれど。もしも、気まぐれにね……啓吾さんが僕のことを思い出してくれることがあるんだとしたなら、そのときには……せめて笑顔の僕が浮かぶように……素敵な思い出だったと思ってもらえるように……
今はにっこり微笑んで見送るんだ。
目の前の人間がそんなことを考えているなんて、きっと思いもしないのだろう……僕の頬にそっと触れたあと、啓吾さんはドアノブに手をかけた。
ああ、啓吾さんは行ってしまう……
もう、啓吾さんは……
啓吾さんは……
啓吾さん……
啓吾さん……
……啓吾さん!!
「……………待って!!」
『行かないで』
『そばにいて』
『僕を見て』
『抱きしめて』
『他の人を触らないで』
『……僕だけにして』
たくさんの言葉が溢れだしそうになったけれど、でも、そのどれも言うわけにはいかなくて…
「……気をつけてね」
振り返ってくれた啓吾さんに言える、それが僕の精一杯だった。
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