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第9話
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─────────────あれ……?
あれからどれくらいたったのか…
帰ろうとしていたはずなのに、荷物を抱えた僕は、まだ玄関に立ったままだった。
どうしたんだろう……足が動かない……
帰ろうと思ってるのに、次の一歩が踏み出せないんだ……
おかしいなあ…
ちゃんと考えて決めたことなのに。納得して片付けもして、後は部屋を出るだけなのに。どうしてこんなことになっちゃったんだろう。
早く帰らなくちゃ。
早く帰らないと、啓吾さんが戻ってきてしまうのに。
急げ。急げ。
分かっているのに、心と体が噛み合わない…。
「………何でかな……」
思わず声にだした途端、鼻の奥がツーンとしびれた。
───まずい、と思ったときにはもう手遅れで、ぼろぼろと涙が溢れだした。
「………うっ、……ふぅ………」
涙は重力にしたがってこぼれ落ち、玄関のコンクリートに吸われていく。
「………な、ん…、……でっ……うぅ、……」
ここで泣くつもりじゃなかった。
全部片付けてから、ちゃんと家に帰ってから、一晩中泣きあかすつもりだったのに。
流れ出した涙は止まる様子もなく……止める術も分からず……
だってね。
大好きだったんだ……こんなに人を好きになったことなんてないよ……
僕の髪を、わしゃわしゃと撫でてくれる大きな手も。
僕の名前を呼ぶちょっと低めの声も。
後ろから包み込んでくれる大きな胸も…
笑うと目がなくなる優しい笑顔も。
全部が全部、大好きだったんだ。
こんなに好きなのに、どうしてあきらめなくちゃいけないの?
そばにいたい。
ずっと一緒にいたいんだ。
いくら部屋を片付けて、荷物を整理したところで、気持ちまでは整理できない…
だってこんなにも溢れ出してしまう。
下を向いたまま、袖口でごしごしと目元を擦る。けれど、一向に涙は止まらない。
どうしよう。
どうしよう。
涙が止められないまま、玄関に立っていると──
────────ガチャ。
ドアに鍵が差し込まれる音がした。
あぁ、どうしよう。
────────ガチャリ。
開錠の音とともに、ドアが開いた。
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