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第10話

「───わっ」 ドアを開けた啓吾さんが、驚いた声を出す。 「悠希、なんでこんなとこに立ってるの?」 ガサガサと紙袋の音を立てながら玄関に入る。 切羽詰まった僕とは対照的に、なんとものんきな啓吾さんの声。 僕は……何も返事ができない。 「俺、悠希にみやげを───」 改めて僕を見た啓吾さんは……そこで言葉を失った。 涙で顔がぐしゃぐしゃになった僕。 肩にはたくさん荷物を詰め込んだバック……驚くのも当然だ。 「………何、これ……どういうこと?」 困惑の表情。 尋ねてはいるけれど……本当はもう、分かっているんだろう。だって僕の姿が、すべてを語っている。 ……けど、僕自身は何も言えない。 「これって────『別れる』って、こと?」 何も言わない僕のかわりに、啓吾さんはとても小さな声でつぶやいた。 僕が言いたくなくて、どうしても言いたくなくて、言うくらいならこっそり姿を消そうと決心させたその言葉を、啓吾さんに言わせてしまった。 「────ごめ、ん…な、さい……」 顔を見ることもできなくて、俯いたまま返事を絞り出す。 勝手に決めて、ごめんなさい。 我慢できなくて、ごめんなさい。 「え……ちょっと待って。……わけが分からない」 「……ごめんなさい……ごめ、ん、なさい……」 「────謝ってほしいわけじゃない!」 一向に会話をしようとしない僕にかっとなったのか、啓吾さんは声を荒げる。 ────びくっと、体がすくむ。 ……啓吾さん、怒ってる。 なんとかこの状況から逃げ出したくて、思わず隙間をぬって外へ出ようとする。すると啓吾さんは、僕の両肩を掴んで押し留めた。 僕の手から鍵が滑り落ちて、音をたてる。 「待って!待って──話し合おう。ちゃんと話し合おう!俺、何かした?悪いところがあるなら直すし…」 話し合う?何を?今さら、何を? 涙が滝のように流れて、もう、何も見えない。 もう、何も聞きたくない。 頭がくらくらする。 「───悠希!ちゃんと俺を見て話を……」 「───もう!!」 自分でも驚くほど大きな声が出た。 びっくりしたのか、啓吾さんも押し黙る… 「………もう、つらいんです……」 静まりかえった二人の間に、僕の声が落ちた。 肩を掴んでいた啓吾さんの手が、力をなくして離れていった… 重い沈黙に耐えられず、すり抜けてドアから出る。 「─────待って」 啓吾さんの静かな声。 「これ、もっていって。………俺にはもう必要ないから…」 持ち帰っていた紙袋の中からさらに小さな紙袋を取り出して、僕の胸に押し付けた。 押された勢いで、とん、と一歩後ろに下がる。と同時に、ドアが閉まりだした。 ─────────あ。 ドアの隙間から見える啓吾さんの顔。 バタンとドアが閉まる。 見慣れた玄関のドアが、何だかいつもと違って見えた。 いつでも優しく啓吾さんが迎えてくれた扉は、今、二人の間を隔てる大きな壁になった。 どうしてだろう…… 最後に見た啓吾さんの顔は、これまでに見たことがないほど悲しげな表情だった……

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