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第16話
……どのくらいたったんだろう。
足が痛くなってきて扉の前に腰を下ろしてから、随分時間が過ぎた気がする。
……そろそろ、限界かな。
携帯を取り出して確かめると、終電まであと少しだった。
今日は会えなかった。
あんなに会うことをためらったくせに、やっぱり会えないとなると寂しい。勝手かもしれないけど……今すぐ啓吾さんに会いたかった。
「……帰ろう」
重い腰をあげると、さっきより高い位置に月が見えた。くっきりと見えていたのに、だんだんぼやけてきて、慌てて袖で目を擦る。
そのとき……
─────ポーン。
エレベーターの音。顔を向けると扉が開いて、二人の男性が降りてきた。
二人ともスーツ姿。一人は自力で歩けないのか、支えられて歩いてる……酔ってる?
そのまま廊下を真っ直ぐ進み、こちらへ向かってくる。
あれ……もしかして……
支えている方の男が顔を上げて、僕に気づいた。
「──あれ?長谷川、お前んちの前、誰かいるぞ?」
声をかけられた方の男は顔を上げることもなく、『う~~~~』と低い声を出した。
………この人、もしかして……
「───啓吾さん!?」
驚きつつも駆け寄ると、一緒にいる男性の反対側から体を支える。
「あれ?君、長谷川の知り合い?」
「はい……一応」
「助かったー!こいつ重いからさぁ。一人で運ぶの、大変で」
「……わっ、だいぶ飲んでますね……なんでこんなに……」
前に、飲みに出かけた啓吾さんを部屋で待ったこともあったけれど、こんな大変なことにはなっていなかった。もっとお酒に強いイメージだったけど……
「あれ?知らない?君もなぐさめに来たんじゃないの?こいつ、彼女にふられたんだよ」
「────えっ」
驚いた。
……あんなに悩んで身を引いたのに……あの人はたった1ヶ月で啓吾さんをふったってこと?
────二人はもう別れている。
これは僕にとっていいことなのか、悪いことなのか……こんな姿の啓吾さんを見てしまったら、判断がつけられない。すっきりできず、胸がもやもやする。
「よっぽど忘れたいのか、ここんとこ平日はずっと、わざとサービス残業してさ。夜遅くまで働いてくたくたのくせに、週末になったらなったでこうして、正体をなくすまで酒を飲んでんだよ」
「……………」
「そんなにいい女だったのかねぇ」
呆れたように、半分笑って言われたが、僕には少しも笑えなかった……
「あー、着いた着いた……君、鍵とってくれる?こいつの鞄の中にあるから」
頼まれて、鍵をごそごそ探す。でも、いつも使っていた茶色の革のキーケースはどこにも見当たらない……
「──あー、それそれ。その、犬のキーホルダーのついたヤツだよ」
─────え……?
だって、これ………
「三十手前の男が似合わねーだろー?それ、彼女が置いてったんだってさ…いつまでもそんなの使ってるから、諦めがつかないんだっつーの」
受け取った鍵を使ってドアを開けると、啓吾さんを部屋に押し込む。
「────で、君はどうするの?」
「…………えっ」
どうするって……
「俺は終電で帰るけど、君も一緒に帰る?」
ああ……そういう意味ですか……
もう、帰るところだったんだけど……でも……
「────僕は残ります」
聞きたいことも、聞かなくちゃいけないこともたくさんある。
「そう。じゃあ、後はよろしくねー」
そう言ってひらひらと手をふると、その人は風のように去っていった。
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