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第17話
エレベーターが降りていくのを見送ると、改めてドアを開けて中に入る。先に入っていた啓吾さんは、玄関に座り込んでいた。
「……啓吾さん、立てる?」
「う~~~~~」
返事……と、とらえていいのかな……自分で動くのは無理そうだ。
啓吾さんの横について、立ち上がるのを手伝う。
うー……重い……
啓吾さんはぼくのこと、軽々と持ち上げることができるけれど、僕にはそんなこと無理だ。頑張って歩いてもらうしかない。
よろよろと歩いて、どうにか寝室にたどり着いた。
寒くないようにエアコンをつけてから、なんとか着ていたコートを脱がす。と、ハンガーにかけている間に、啓吾さんはベッドに寝転んでしまった。
「あー!ダメだよ!スーツ、しわになっちゃう!!」
酔っぱらいはそんなこと、お構いなしで大の字になっている。「もー……」とか言いながらも、何だか楽しい。
いつもの啓吾さんは大人の余裕たっぷりで。僕なんて頼ってばっかりだったから、お世話ができるなんて新鮮だ。
「……水、もってくるね」
『う~~~』という返事にちょっと笑って部屋を出た。改めて廊下を見ると、ところどころに靴下やら、ネクタイやら……一つ一つ拾いながら歩き、キッチンに入る。すると。
「────わっ!」
───床には洋服が直に置かれ、ごみはごみ箱から溢れている。テーブルには食べ残したものがそのまま。シンクには洗われることのなかった食器が山を作っている。
部屋はぐちゃぐちゃの有り様だった…
『よっぽど忘れたいのか、ここんとこ平日はずっと、わざとサービス残業してさ。夜遅くまで働いてくたくたのくせに、週末になったらなったでこうして、正体をなくすまで酒を飲んでんだよ』
さっきの人の言葉が、頭の中によみがえる。
これが『あの人』のせいなのか……それとも僕のせいなのか……どちらにしても、啓吾さんが傷ついたのは間違いないのだ……うかれてる場合ではなかった。
冷蔵庫を開けて水の入ったベットボトルを取り出すと、急いで寝室に戻る。
「……啓吾さん、水……」
相変わらずベッドの上でぐったりしている啓吾さん……もう、声も出てない。
飲み過ぎたのと、疲れてるのと、すでに体は限界なのだろう……ペットボトルをベッドサイドに置いておく。
「──スーツだけは脱がせてくださいね」
声をかけてから片膝をベッドにのせ、覆い被さるような形で上着を脱がせる。
すると……
「──啓吾さん?起きてるの?」
寝ていると思ってたのに、どこか焦点の定まらない表情で僕を見ていた……
「……な…んだ……これ…夢か……」
まるで独り言のような声。聞いてるこちらが切なくなる…
「……ま……いいか……夢では…会えた…から……」
啓吾さんはそっと僕の手を掴むと、そっと自分の目の前にかざした。
「……あー…でも……夢の中…でも…つけて…くれない…んだなぁ……」
「………………」
「……やっぱり…重かった…かあ……」
自嘲するような笑い顔……
「…9つも……離れて…たら……俺なんか…ただのおじさん…だもんなぁ」
そう言ってまた笑う。
──そんなこと、ないよ。
ふるふると首を横にふる……が、ちゃんと僕のこと、見えてるんだろうか……
「……こんなに……好きなの…に…な……」
「───啓吾さん?」
「……会い…た…い……よ……ゆぅ……き……」
「───啓吾さん!」
必死で声をかけたけど、啓吾さんは目を閉じてしまった……すー……という寝息……
目尻にたまっているのは、涙のように見える…
ぼろぼろと涙が零れた……
こんな啓吾さんは、初めて見た。
……傷つけたのは僕だ。僕の弱さだ。
こんなに大切な人なのに、僕が傷つけたんだ……
「……啓吾さん……僕も好き……僕も好きだよ……」
ちゃんと聞こえてる?
会いたかったのは僕も一緒だよ?
僕の手首を掴んだままの啓吾さんの手は、眠りについたあともはなれなかった…
その夜、僕はそのまま啓吾さんの横で眠った。
……握られた手を言い訳にしながら。
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