18 / 105

第18話

───次の日。 目が覚めると、僕は啓吾さんの腕の中にいた。 まだ、啓吾さんは寝ている…… 静かな寝息と規則正しく刻まれる心臓のリズム。抱きしめてもらうのは、安心するから好き。 少し前までは当たり前のことだったのに、幸せすぎてなぜか涙が滲んだ…… ベッドからそっと抜け出すと洗面所に向かう。 ぱしゃぱしゃと顔を洗うと、気持ちも少しすっきりする。歯も磨きたいところだけど、歯ブラシは出ていくときに捨ててしまった。 確か棚に何本か買い置きがあったはず。そこから一本借りようかな。 棚を調べようとして、ふと気がついた。 ───歯ブラシが2本ある…… 歯ブラシスタンドには、仲良く2本並んでいる……もちろん、僕の使っていたものではない。 何だかいたたまれない気持ちになって、結局歯ブラシは借りずにキッチンに向かった。 この1ヶ月、本当に何も作らなかったのだろう。冷蔵庫の中には卵しかなかった。 他にも何か……祈りつつ冷凍庫も開けると、辛うじてご飯が1膳分と刻みネギが保存されていた。 雑炊ぐらいなら作れるかな。二日酔いにもよさそうだし…… 鍋を火にかけて出汁をとりつつ、食器を洗う。洗い終えたものは布巾で拭いて食器棚に戻す。 洗うものはたくさんあったが、あの日ごみ箱に入れた僕用の食器はもちろん1枚もなかった。 くるくるとお玉を回して、卵を入れるタイミングを窺いながら考える。 『彼女』にふられたという言葉。 でも、取り出されたのは僕の合鍵。 昨日、言ってくれた『好き』 並んでいた見たことのない歯ブラシ。 結局捨てられた食器。 そして、あの指輪。 何がなんだか分からなくなってきた…… 啓吾さんはあの人が好きなのか……それとも僕を好きなのか…… 「─────よし、できた」 といた卵を流しこむと、蓋をして火を消す。 うん。 とりあえず、一度帰ろう。 あの啓吾さんの様子ではすぐに起きることはなさそうだし、僕自身も、昨日から今朝にかけての諸々を整理する時間が欲しかった。 寝室に入ってバックをからうと、まだ寝ている啓吾さんにとりあえず声をかける。 「───啓吾さん?」 「───────」 返事はない。けど、気にせず声をかけていく。 「鍋に雑炊が作ってあるから。温めて食べてね」 「───────」 「昨日は泊めてくれて、ありがとうございました」 「───────」 「鍵はかけたら、ポストに入れておくね」 「───────」 「また今度、出直してきます」 「───────」 「───それじゃあ……さよなら」 音をたててしまわないように気をつけながら、僕はそっと寝室を出た。

ともだちにシェアしよう!