21 / 105
第21話
最後の1枚をピンチではさみ終えると、大きく手を広げて、胸一杯に冬の澄んだ空気を吸い込んだ。
洗濯はこれで完了。
ベランダの物干し竿には、たくさん溜め込んでしまった啓吾さんの洗濯物とさっきまで着ていた僕の服が、仲良くならんで風に揺られている。
あれから二人でお風呂に入り、作っておいた雑炊を半分こにして食べた。
置かれていた歯ブラシは、おろしたての新品で……スタンドに一本だけになった歯ブラシを見ると寂しくなるから……と、啓吾さんが用意してくれた僕用のものだったので、それを使って歯も磨けた。
それから手分けして、すっかりぐちゃぐちゃになってしまった部屋を片付け、掃除をし、今やっと洗濯が終わったところ。
ベランダには日が差し込んでぽかぽか暖かいけれど、冬の風はやっぱり冷たい。
服を洗ってもらったのはいいけれど、今はこの部屋に僕の服を1枚も置いていないので、仕方なく啓吾さんに服を借りている。
啓吾さんの服は僕には少し大きいので、袖や裾を曲げているから外に出ると余計に寒いみたい……足元に置いていたかごを持つと、急いで部屋に戻った。
部屋に入ると、キッチンから啓吾さんが顔を出した。
「ご苦労様。寒かっただろー。温かいものでも飲もう」
「うん!」
いそいそとキッチンへ向かうと、テーブルの上には二つのマグカップが置かれていた。
一つはいつも啓吾さんが使っているもの。もう一つは……
「……啓吾さん、これ……捨てたんじゃなかったの?」
透きとおるような空の色に似た、青い色の僕のマグカップ……もう捨てられたはずなのに、どうしてここに?
「悠希のものを捨てられるわけないよ」
ほら、と言って、啓吾さんはシンクの下の戸を開ける。そこにはきれいな箱が一つ……箱のふたを開けると、中には捨てたはずの僕の食器がきれいにおさまっていた。
「悠希は捨てたかったのかもしれないけど、俺にはできなくて……出したままにして割らないように、洗ってしまっておいたんだ」
捨てられたんじゃなかったんだ……
ほっとした僕の髪をわしゃわしゃとかきまぜると、啓吾さんは飲み物の準備をする。
自分のカップにはコーヒーを、僕のカップにはココアを……出来上がった二つのカップを持つと、リビングへ移動した。
僕もついていくと、ソファの前のテーブルにカップが置かれた。
いつもなら二人並んで座るんだけど、今日はラグの上に向かい合って座る……これからちゃんと話し合うために。
ああ、やっぱり緊張する……どう話しはじめたらいいんだろう。
きっかけがつかめないでいると……
啓吾さんがコーヒーに口をつけたので、僕もあわててカップを手に取る。
──あ、おいしい。
ココアの甘さがほっとさせてくれた。体がポカポカして、少し落ち着いたみたい……
しばらくすると、啓吾さんがまっすぐに僕を見て、話を切り出した。
「……じゃあ、まずは悠希の話から聞かせてくれる?」
───きた。
どきっとして思わずカップを握りしめると、ココアの温かさが手のひらに伝わる。
大丈夫…うまく話せなくてもきっと、啓吾さんは最後まで聞いてくれるはずだから…
しっかりと啓吾さんを見て、順番に話しはじめた。
「─────そうだったのか…」
僕の話を途中で止めることもせずに、最後まで聞いてくれた啓吾さんは、ぽつりと小さくこぼした。
ちゃんと、伝わったかな……
嘘やごまかしはしなかった。自分が見たこと、したこと、考えたこと、すべて話した。
……今度は啓吾さんの番。
すると啓吾さんは、立ち上がって部屋から出ていってしまった。
───え?何で?
びっくりしすぎて、動けない。
話をするんじゃなかったの?
じわっと目に涙がたまったとき、啓吾さんが部屋に戻ってきた。……手には携帯電話。
今にも泣きそうな顔の僕に困った笑みを浮かべると、僕に画面を見せた。
「───この子でしょ?」
そこには、電話番号とともに、あの日から僕を悩ませ続けている綺麗な人が、華やかな笑顔で写っていた。
「─────っ!」
「………やっぱりか」
僕の様子を見て納得した啓吾さんは、そのままテーブルの真ん中に携帯電話を置くと、発信ボタンを押した……通話をスピーカー設定にして。
ともだちにシェアしよう!