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第22話
呼び出し音が聞こえる。いや、呼び出し音と一緒に、ばくばく鳴る自分の心臓の音も聞こえる。
怖い……
怖いけど逃げてはいけない……
でも、怖い…!
ぎゅうっと拳を握りしめると、啓吾さんの手が上から包み込む。
はっとして顔をあげると、啓吾さんがにこりと笑った。
そのとき……
『───もしもし?啓ちゃん?』
かわいらしい、女性の声が聞こえた。
初めて聞くあの人の声……『啓ちゃん』って、呼んでるんだ…
「もしもし。愛里、今、時間大丈夫?」
『うん、大丈夫。元気にしてたー?』
「ああ。あのさー、この間の指輪のことなんだけど…」
『──そうそう、指輪!どうだったの?うまくいったの?いつまでたっても報告してくれないんだもん……ちゃんと渡せたの?』
「んー。まあ、一応渡せた…というか」
ちらっと、啓吾さんが僕を見た。
……うん……確かに一応、渡されては、います……けど。
『えー!一応って、何それ!?あんなに悩んで買ったのに?もー、渡しかたもよく考えてって言ったよ?』
「……いろいろ、あったんだよ。こっちも」
『ふーん、いろいろねー…まあいいや。──今度こそ、彼氏クン紹介してよ』
ん?……彼氏クン?
今、彼氏って言った…?
「えー…いやだ。もったいない」
『こんなに啓ちゃんがベタぼれなんて、今までなかったからねー。よっぽどかわいいんでしょ?見たーい!』
「……悠希は見せ物ではありません」
『怒んないでよー。どうしたらいいか分かんないって言うから、指輪買うのつきあってあげたのにー』
「それは助かったけど……あのあと、ちゃんと奢っただろ?」
『ケーキセットじゃあ、ごまかされません!ご飯を奢る約束だったのに、彼氏クンが家にいるからって急に変えちゃうし!』
「それはー、まあ…その…」
『それなのに、お店でお土産のケーキ選ぶときはめちゃくちゃ時間かけて悩むし!もー、店員さんも呆れてたよ』
「だって、悠希は甘いもん、大好きだからさー…」
ごにょごにょと言い訳めいたことを言ってるけど……啓吾さん、顔真っ赤ですよ。
『はいはい、のろけは間に合ってます。まあ、彼氏クンには無理に会わせてくれなくてもいいけど、あたしの彼氏には会ってよ……結婚することになったから』
「──本当か!?……おめでとう!とうとうお前も結婚かー……叔父さん泣くだろうな」
『……んー、泣くかもしれないけど、そこは啓ちゃんの出番でしょー。お気に入りの甥っ子ですから!愚痴を聞いてあげてよ』
「わかった。なんか、いろいろ話すことありそうだし、近々そっち訪ねるから、叔母さんによろしく言っといてくれ」
『うん、わかった。詳しいことはそのときね!じゃあ、またねー!』
「ああ、またなー」
────プー、プー、プー…プッ。
啓吾さんがボタンを押すと、機械音が消えた……
「───啓吾さん……」
「うん」
「あの人、愛里さんっていうの?」
「うん」
「もしかして、親戚?」
「うん、いとこ」
「………僕が二人を見た日って、一緒にあの指輪を買いに行ってたの?」
「そう。指輪なんて初めて買うから、つきあってもらったんだ。本当は別の日だったんだけど、あいつの都合で急に変わってさ…」
僕への指輪を買いに行くから本当のこと言えなくて、仕事って嘘ついたってこと?
僕のことを考えて、嘘ついたの?
「……僕、ずっと誤解してました…」
──ごめんなさい。
涙がポロリとこぼれて、テーブルに小さな水たまりを作る。
どうして信じなかったんだろう。
僕には、啓吾さんに想ってもらえる資格がないよ……
啓吾さんは重ねていた手に力をこめると、優しく言った。
「悠希、あの指輪、どこにある?」
「………鞄の中に入って…ます」
「今、返してくれる?」
「………………はい」
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