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第3話
悠希を起こしてしまわないように、そっと寝室のドアを開けて驚いた。
───ひぃっく……ひぃっく……
微かに聞こえる声……それは痛々しい嗚咽だった。
「────悠希?」
慌てて中に入り、声のする方を見る。
悠希はベッドの上にぺたりと座ると、さっきまで俺が寝ていた場所を向いて涙をこぼしていた。
「悠希、大丈夫か?」
駆け寄って顔を覗きこむが、目の焦点は合わない。ぼんやりとした目は俺を見ていない。
「…………………な…い」
「え?」
「……け……ごさんが、……い…ない…」
そう言うと、ひぃくひぃくとさっきより激しくしゃくりあげた。
「……けい…ごさん……ふぇ……い…なく…なっちゃ……たぁ…」
ぽろぽろと涙がこぼれ出して、シーツに落ちては吸われていく。その涙を止めてやりたくて…
「──ごめん、一人にして。俺はここにいるよ」
悠希をぎゅっと抱きしめた……のだが。
「──っ!やだ、離して!」
悠希は両手を突っ張って、強く俺を押し返そうとする。
───悠希?
拒まれたことがショックで何も言えない。やっぱり嫌われてしまったのかと愕然としていると…
「啓吾さんじゃなきゃ、や!啓吾さんじゃなきゃダメなの!」
───ん?
俺がその『啓吾さん』なんだけどな……
それが分からないのか、悠希は俺の名前を呼びながら泣き続けている。
寝惚けてるのか?だから、俺が分からないのか?
「……そんなに『啓吾さん』がいいの?」
相変わらず離れようともがいている悠希の背中を構わず撫でながら尋ねる。
すると悠希は虚ろな眼のまま、こくこくと頷いた。
「……『啓吾さん』は、君が思っているような人ではないかもしれないよ」
「…………」
「……悠希が思っているようなかっこいい大人じゃなくて、自信がなくて、見栄を張ってるだけの情けない男だったら…」
……本当に情けない。
面と向かっては聞きにくいことを寝惚けているうちに聞いてしまおうだなんて、嫌われても文句は言えない。自分で自分が嫌になるが……
「そんなのどうでもいい」
寝惚けているはずの悠希が、きっぱりと言った。
「啓吾さんが、どんな人でもいい……僕……啓吾さんじゃなきゃ、ダメだから……」
「……悠希……」
「……啓吾さん…いないと、僕…僕じゃ……なくな……ちゃ……」
「……悠希?」
しゃべっているうちに力が抜けていき、悠希はことりと俺にもたれて静かになった。
すー、という寝息。どうやら力尽きて寝てしまったようだ。
腕のなかで眠る悠希を起こしてしまわないように、そうっとそうっとベッドに横たえ、自分も隣に寝ころぶ。
風邪をひかないように毛布をかけてやると、悠希は俺の体にすり寄ってくる。
すん、と鼻を動かすと安心したように微笑み、ぎゅーっと抱きついてきた。口元が『啓吾さん』と動いたのは、俺の勘違いではないと思う。
───俺じゃなきゃダメなのか。
思わずにやけてしまうのは仕方ないだろう。寝惚けながらの言葉……きっと本音なのだ。
さっきまでの不安はどこかに消え去ってしまった。
全く現金なやつだよ、俺も。
「……おやすみ、悠希」
明日は日曜日。二人で何をしようかな……一緒にいればどんなことだって特別なことに変わる。
そんな恋愛をしているなんて、幸せだ。
ぽかぽか暖かい恋人を抱きしめて寝顔を見ていると、うとうとと眠気がやってくる…
────おやすみ、悠希……また明日……
end
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