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第5話
そろそろと近づいて、ソファの横に膝をつく。
そして、長谷川さんの顔を覗きこんだ。
こうして顔をゆっくりと見る機会なんてそうそうない。
恋人になったとはいえ、顔を見ているとドキドキし……気づかれて目が合えばそわそわし……
情けないんだけど、未だにちゃんと顔が見れないんだ。
……目、覚めちゃうかな。
恐る恐る手を伸ばして、おなかの辺りに置かれた長谷川さんの手に触れてみる。
僕なんかよりずっと大きい手。
まだ緊張してばかりの僕だけど、長谷川さんに触ってもらえるのは大好き……とっても温かくて、とっても優しい手なんだ。
お互いの手のひらを重ねてみたり、指と指を絡めてみたり。起きていたらできないことをして……
思わずぎゅっとてしてしまってから、気づいて慌てる。
───起きちゃった?
焦って顔を覗きこむと、目覚めた様子は一つもなかった。
ほっとして、今度は顔をじっくりと見る。
───やっぱりかっこいいなあ…
長谷川さんはとっても整った顔をしている。こんなにかっこいいんだから、きっと女の人にももてるはずなのに……どうして僕なんだろう。
どうして自分が恋人に選ばれたのかが分からない。
自信なんてひとつももてないけれど……でも長谷川さんが『側にいていい』と言ってくれる間は、一緒にいたいと思うんだ……
それはできるだけ長くあってほしいけれど……もし、自分が必要でなくなったのなら……そのときは潔く消えるつもりだ。
重くなってしまった思考を振り払うように、もう一度長谷川さんの顔を見る。
……あ、思ってたより睫毛が長い。
優しい眼差しでいつも見つめてくれる目。笑うとなくなっちゃうところも好き。
すっと通った鼻筋。薄すぎず厚すぎず、ちょうどよいバランスの口唇。
じっと見ていると……何だかキスしたくなってきた。
ゆっくりとゆっくりと顔を近づけるけれど、長谷川さんは目覚めない。
ドキドキし過ぎて心臓が止まりそう……
あと少し、あと少しで口唇が触れる……
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「────ダメだ」
ぼくは、ぎりぎりのところで身体を起こした。
二人にとっては初めてのキスで……僕にとっては人生初のキスなんだ。恋人が寝ている間にしてしまうなんて、何だか違う気がする。
やっぱり思い出は、二人で一緒にもっていたい。
「……帰る準備しよう」
時計を見ると、あっという間に時間は過ぎていた。電車の時刻も確認しなくちゃ……
立ち上がって、荷物をとりにキッチンへ戻る。
───そのとき、長谷川さんの眉がぴくりと動いたことに、僕は全く気づかなかった。
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