49 / 105
第5話
『7時15分の人』に会うのがもはや当たり前になってきた頃。
珍しいことに2日続けてバイトが休めたその翌日、有野さんが「聞いて!聞いて!」と、慌てて僕のところに走ってきた。
「高瀬君が休んでいる間、あのイケメンさん、一度も来なかったんだよ!」
「え?一度も?」
あんなに毎日煙草買いに来たのに?
僕が最後にレジをうった時も、いつもどおり一箱しか買っていかなかったよ?
「そう!……もう、うちの店使うの、やめたのかなー…」
「……2日来なかっただけなんだから、そうは言えないんじゃないですか?仕事が忙しいのかもしれませんよ?」
「うーん、そうなのかなー……それともやっぱり、高瀬君がいるから来てるのかなー…」
「………………はい?」
有野さんは「目の保養なんだけどなあ…」とつぶやきながら、売り場に戻っていった。
僕はというと、思わぬ一言に立ちつくしてしまった。
僕がいるから、店に来る?……知り合いでもないのに?
その日、有野さんの言う通りなら久しぶりに『7時15分の人』は来店した。
時間通りにやって来て、いつもどおりに行動し、にっこり微笑んで去っていった。
謎が謎を呼ぶ、不思議な人…
僕はその謎を解き明かしたくなって……少し行動してみることにした。
次の週のバイト休み。
いつもの休みなら決して寄ることのない、バイト先近くの駅で降りると、コンビニのある方向に向かって歩き出した。
かといってコンビニには行かず、大きな道を挟んだ反対側の公園の、車よけのポールに腰かけてじっとその時を待つ。
日も暮れてだんだん辺りは暗くなってきた。携帯を取り出して時間を確認すると、午後7時8分。
「……そろそろだ」
びゅんびゅんと通り過ぎていく車の向こう、コンビニ前の歩道をじっと見ていると……来た。
かっちりと着込んだスーツ。片手にはビジネスバッグ。まっすぐぴんと背筋を伸ばし、前を向いて歩く人……『7時15分の人』だ。
彼はコンビニ付近に来ると、ちらりと腕時計を確認した。
慌ててぼくも携帯の画面を見ると、13分……いや、14分になった。
少し歩く速度を落としてコンビニの入口に近づくと……彼はレジを覗くようにして店内に目をやる。そして首を動かしながら、店内を一瞥すると……結局、店には入らずに通り過ぎていった。
「……………本当だ」
思わず立ち上がって、去っていくその人の背中を見送りながらつぶやいた。
本当だった。
本当に、僕が休みの日は、店には入らなかった。
でも、そのまま素通りしたわけでもない……店内を確認してから通り過ぎたように、僕には見えた。
どうして今日は、入らなかったの?
……僕が……僕が、いなかったから?
「ま、まさかね。そんなことあるわけないし…!」
独り言をつぶやくと、くるりと向きを変えて駅へと戻る。
なんでまた、僕なんかに会いに来るっていうんだよ。別に知り合いでもないし。どう見たって僕、男にしか見えないし。
わざわざ会いに来るメリットなんて何にもないじゃないか。
たまたま!
うん、たまたまだよ!
そう考えながら歩いていたが、自分の顔が熱くなっていくのが分かる。
心臓が高鳴って、胸が苦しい……自分の体なのに自分の体ではないみたいで、僕はたまらず走り出していた。
ともだちにシェアしよう!